2007/02/04
ハンス・J・ウエグナーさん。
哀しいお知らせです。
あのハンス・ウエグナー氏が亡くなったと昨日
高山で北欧家具のリプロダクトをしている
株式会社キタニからメイルが届きました。
簡潔で要を得ているので拙文にかえ、紹介させていただく。
《 20世紀を代表するデザイナーの一人であるハンス・J・ウェグナー氏が、2007年
1月26日に92歳で亡くなりました。
彼は「マスター・オブ・ザ・チェア」と呼ばれ、その生涯で400脚以上もの椅子
をデザインしました。
彼のデザインした椅子のいくつかは現在も生産されており、今も尚多くの人々
に愛され続けています。
キタニでは復刻こそしていませんが、ウェグナーのデザインした多くの椅子を
リペアすることにより、その構造だけでなく、椅子に対する彼の真摯な姿勢や
一途な愛情など、彼の作品を通して様々なことを教えてもらいました。
ハンス・J・ウェグナー氏のご冥福を心よりお祈りいたします。 》
ぼくも 南無阿彌陀佛 と心から掌を合わせるのみ。
なお、日本の報道機関は
没後、一週間になる今日に至るも
一切報道していないかに思われる、、、
デザイン・ブーム、北欧人気、家具インテリアへの強い興味などと、商業主義的には大騒ぎしても
野球選手の年俸や腐った芸能人の惚れた腫れたの動向は五月蠅いほど繰り返しても
間違いなく現代の家具、19世紀のミヒャエル・トーネットに匹敵するような
20世紀椅子の父祖だったハンス・ウエグナーの訃すらない。
それが、日本だ、日本人だ。悲しいまでに相変わらない、この国の民度だ。
※ Studio KitaniのHPもご紹介しておきます。
コメント(4)
2007/02/04
島崎丈太 マスコミが日本の民度を下げるような報道を行っているから皆が馬鹿番組を好むようになるのか、そもそも民度が低いからマスコミがそにれ合わせた番組作りをするのか。 数日前のCLASHさんの日記でもちょっと話題になっておりましたね。 それでも、我々がこうしてここでそういうことを書き込んで、何人かの人達がそれを眺めるであろうこと、というのは幾らかの進歩なのではないでしょうか? このことだけ取り上げても「マスコミ」と呼ばれる権力の没落はそう遙かに遠くはないように思います。
雲衣。 ありがとうございます。「戦前、戦中同様にマスゴミは民度を下げるべく強力に機能しています」これを機に新聞社の廃絶に向け、さらにはテレビの淘汰に向けてぼくは怒りを持続させようと思います/笑。
島崎丈太 今だとPDFでA3サイズにカラー印刷した「電子版小型新聞」を電子的に全国配信して、各地で有志が勝手にプリントして読む、配る、なんていう新聞への対抗メディアも簡単に作れそうに思いますね。 Googleニュースとか見ていると、ある程度自動でレイアウトも出来そうですし、編集コンセプトが一本筋の通ったものになれば、メディアそのものは出来てしまいそうですが、結局は中身なんですよね・・・ しかし電子版だと運営費が安上がりで広告を取らなくても済みそうなので、スポンサーからは自由になれそう。
2007/02/05
KA_TSU ああ、そうなんですね。
時も人も過ぎ去るのみ。。
ご冥福をお祈りします。
日本では、ファニチャーで食って行くのは大変と聞きます。
時に流行の渦の東京では。
ウェグナーの椅子を
経済理念の中の通貨というスケールでしかはかれない。
それが高値をつけたなら、その椅子は居心地がいいと思われるから
食って行くのが大変なんですよね。
以前にBlogに引用した大竹伸朗さんの台詞がよぎりました。
金の回転を第一目標とした創作には、
なるべく新しい情報というものが必要不可欠であり、
回転のサイクルが速くなればなる程、
情報を収集してパクるだけが”創作”という単語に置き換わり、
もはやそこには真の影響など生まれる余地は全くない。
もし影響された対象の根っこの様な所までたどり着ける余裕があるのな
ら、そこから微妙に枝分かれして元のものとは違ったものが
生まれる可能性も出てくるのだが、
そう気づいた時には人間として一番大切な好奇心など色あせてしまって
いる。。。
という事が今の東京に言えると思うのだ。
大竹伸朗
椅子というものは消費のサイクルをはやめることができない。
だから
手繰り出すなんてことから無縁な創作だといえるのかもしれない。
それは実はこの東京と相性が悪いのかもしれない。
だから、かえって、いっそう
ウェグナーのような巨匠に一縷の希望をみていたのかもしれません。






