2007/03/14
佐藤雅彦研究室『ピタゴラ装置』
話題の『ピタゴラスイッチ』の装置を集めたDVD。各装置には番号が振られているが、欠けている番号があるところを見ると、このDVDでは選抜して収録してあるのだろうか。ともあれ、非常に楽しめる一冊。基本的にはボールもしくはそれに類するものがいろんな仕組みの中で転がっていくということに尽きるわけだが、その仕組みにいろんなアイデアが詰まっていて、最初に見た時にはかなり新鮮な驚きがある。「こういう手もあったか」という驚き。小学校のときの理科の実験で、科学真理の神秘に触れた時のような、そういう印象がある。
ところで解説本に興味深いことが書いてあった。装置の発想方法には大きく分けて二種類あるというのだ。実際に「道具や日用品を触って動きをたしかめながら、作り上げていく方法」と、「ある考え方、特定のアイデアや、イメージをもとにして装置全体を設計する方法」。なるほど、と思った。あるものを作るのに決してひとつの方法だけではなくていくつかのアプローチ方法がありうるというのもこれはひとつの実践を踏まえた真理だと思うし、実際に何かを作り上げていくという行為は確かにそんなものかも知れない。そして、そのようないくつかのアプローチ方法があるにしても、そのような方法論があるということをきちんと意識することによって、より作り上げていく行為が容易になっていくということも言えるだろう。
ここに紹介されている方法論は、いわば帰納的な方法と演繹的な方法、と言ってしまってもいいように思うが、この方法論は他にも応用が効きそうな気がする。特に意外に頭が廻らないのではないのか、と思うのが、この帰納的な方法。創造とは一瞬の閃きによる演繹的なものだという先入観がどこかにあるような気がする。もちろん、そうあればそれはそれで綺麗な姿だ。だが、実はその素材の中から、その手触りの中から徐々に何かが立ち上がっていくという、そういうやり方も重要だ。創造は意外にその素材によって左右される。その単純なことに、あらためて気づかせてくれる。
それにしても、こういう理科的な喜びが世の中全体から失われつつあるような気がする。技術というもの自体が高度化・複雑化しすぎてしまったことも大きな原因だろうが、エジソンのようなひとりの発明家が活躍するような時代は終わってしまったのか。しかし、だとすれば、あの理科的な喜び、生身の人間が手の届く範囲内で構成的な喜びを味わっていくという、あの生理的な快感は一体どこに行ってしまったのだろう。あるいは、意外にいろんなジャンルの中に形を変えて生き延びているのかも知れないが。
『ono-deluxe』(小野裕三公式ブログ)
『ono-deluxe』(小野裕三公式ブログ) 俳句・俳句評論など、いろいろと書き物をしています。 ...
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- 2012/01/30更新
- 2007/03/12登録







