2007/04/02
ぽんと蹴りゃ、にゃんと鳴く、
猫を飼いはじめた。
先週、土手を歩いていたら、俺を飼えばいいんじゃないの、
とヒゲと頬をわたしの向うずねに擦りつけてきた野良猫が、わたしをつけまわしたあげく部屋に上がりこみ、出て行かない。
人間の擬猫化ではない。断じてそうではない。だいたいあの猫はメスだ。
やいごはんを出せ、と鳴いてみるも無視されると、猫は後ろ足を高くかかげて毛づくろいをはじめる。
ついでに言うと、わたしも先月からようやく仕事を再開して、いろんな意味で生活が一変した。
その仕事というのが世にいうSOHOという働きぶりなので、わたしは一日中部屋でわだかまっていて、たまにプリンタの紙がでてくるところにドラえもんのような前足をつっこもうとする猫の頭をぺしっとひっぱたいている。
猫というのは懲りない生き物なので、何度となくひっぱたくが、しかしまだ懲りない。いでよ魔神。落ちてこいタライ。
まあね、だいたいの天罰とタライはわたしの手によってくだされる訳なのだけれども。
猫にとうとうと説教してみた。ここに手つうか足を入れるとね、とくにきみのような毛のはえた手というか足を入れちゃうとね、紙はつまるわ印刷はずれるわ修理が必要になるわでもう大変なんだから、わかったかーゴリゴリゴリゴリ!
グーで頭をなでなですると、たいがいの猫は嫌がらせと気がつくようだ。
あんまりいじわるすると、猫は人と目を合わせなくなるんである。名前を呼んでも返事はない。頭をやさしくなでてご機嫌をとろうとしても、眠いんですけど何か御用、とそっけない。ああなんだか行動がわたしに似ている、どこで見てきた、やなやつだ。最後は後足で、てい、と蹴られた。ていてい。と再度蹴られた。
しかし爪は深くひっこんでいてそこには愛もある(と解釈する)。
猫は動産だ、というのは仏山さんのコメントだが(なにを言いたいのか)、
この毛ムクジャラというか大きい毛玉というか、もうほんとうに動く毛のかたまりとしか思えないクシャミ誘発物体にも、感情だの機嫌だの甘えだのやさしさだのがあって、曲がったへそを立て直すころには、わたしは足の裏に猫の頭突きをごつんと感じる。
頭突きでごめんと言う。
いいさ、猫君。怒っちゃいないさ。自分の思い通りにしたくなったり、さみしくなったりしてしまうのは、たぶんお互いさまさ。とわたしは足裏で猫のあたまをぐりぐりして
ちょっと気持がいい。











