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2007/07/01

幇間日記 慟哭編

幇間日記 慟哭編の画像 「あ~ら こんち ご機嫌うるわしゅう」

呼ばれた先はいつもの茶道教授の自宅ビルで、中に入ると既にお仲間が揃っている。皆様いずれも還暦を過ぎた元麗人ばかりで、席に着く間もなく麦酒を注がれ、割山椒の器にあすなろ塩辛なんてのが盛られていて、とりあえずそれで一杯呑れと云う。

アタクシも昼間の酒が嫌いじゃないんで、かわるがわるお酌をして戴きながら呑んじまうんですけれども。

「で なんですがね 本日の趣向ってのはどんな按配ざんしょ」

訊くのも野暮ですが、でないと後で何をされるかわからない。

「なんでもないのよ。ちょっと呑んでもらいたかっただけ」

ホンマカイナと眉に唾をつけながらも笑みは絶やさず、出される酒肴に次々と箸をつけておりましたら、「ねえ 涙ちゃんは明太子好き?」なんて云う。

「莫迦を云っちゃいけません。不肖アタクシ生まれも育ちも中野村ですが、東京に明太子なんて言葉がなかった頃から大好きで、餓鬼の時分には生鱈子に唐辛子を振りかけては三度三度食べていたと言うくらい」

幇間はこれくらいのデマカセを平気で撒き散らすくらいでないと勤まりませんから、何でもすぐに挑発に乗っちゃう。

「あ~ら それじゃあ この明太子食べてみて」

出されたそれを見るとそこら辺にある明太子とはそもそも氏素性が違っておりまして、ナンと申しましょうか色合いや佇まいが辛子明太子らしくない。着色剤も添加物も省いた真っ当な代物ですと胸を張って自己主張しているようで、さぞかし名の有るお方ではと思わせられるような逸品です。

「何処のか当てたら 松阪牛の凄いの御馳走しちゃう」

いつものことですが、熟女てぇのは一般に、折に触れて人の見識を質そうとする癖がある。何かと喰い物や酒に五月蠅い奴がいると、ちょいとからかってやろうってな悪戯心がある。

やだね まったく。いくらコチトラ貧乏だからって、人の足元を見るようなことを平気で云って。でも、松阪ってホントなの?ホントに最高級ランクの肉? ありゃま だったら当てちゃう。『和田金』なんて此処何年も行ったことないし。

ってなことで、銘柄当てクイズに乗せられましてね。
一切れ摘んで口の中に放り込んだ。

「どお?」
「すぐオイチイ~ すごくオイチイ~」
「なに唄ってんのよ 店よ店」
「わかってます わかってますよ でも もうひと口」
ふた口目はゆっくり時間をかけて味わった。
「お酒もください 呑まないとワカンナイ」
酒は伊那の『斬九郎』と福井の『菊姫』です。
「んとにしょうがないわね」
「あははッ 美味いねどうも」

なんてなことで、一皿五切れほどを一気に食べちゃった。

「まぁアレでござんす。福岡博多ブランドと限定しての噺ですけど、一見して『ふくや』でもないし『やまや』でもない。それはすぐにわかっちゃった。それは当然として、『かねふく』でもないし『福さ屋』とも違いますな。どうせどちらからかの戴き物でしょうから、この際『ふくいち』とか『海幸彦』とか『かねひろ』とか『魚匠庵』とか『ひろしょう』も除外しましょう」
「前置きが長いわね。それで?」
「アタクシなりに絞り込んでみますんで、その中にあったら松阪牛を150gってのどうです?」
「あ~たもセコイわね。男だったら男らしくズバッと云いなさい。ズバッと」

ってなことで、誰も情状酌量してくれない。仕方がないので、しばし瞑想に耽ったアタクシは、幾つかの店に絞り込んでから最終判断を下そうとした。

『椒房庵』
『平塚』
『須弥山』
『萩の宮ほん多』
『稚加榮』
『博多吉兆』

個人的には『喜平商店』とか『あき津』とかワインで仕込んだ『あき乃家』なんかも好きなんですけど、そうも言っていられない。なんつったって松阪牛が懸かっておりますんで、事は慎重を要するんでございます。

苦吟黙考すること一万光年。アタクシは、最初に『平塚』を外し、次に『椒房庵』を外した。これは外見・味覚による選別と言うより勘の問題でして、深い理由はございません。

残るは四つですが、『博多吉兆』と『須弥山』は幾らなんでも高級すぎて目立ちますし、わざわざアタクシに銘柄を当てさせるような悪戯はせず、アチラの方から「頭が高い。控えおろう」なんて高飛車な声が飛んでくるはずで。そう考えたアタクシは『萩の宮ほん多』か『稚加榮』のどちらかだろうと見当をつけた。

「え~ッ それでは申し上げます。申し上げますけれども、当ったらアレですよ。お約束の方はお願いしますよホントに。今更ウソだよ~なんて、ナシですからね」

喰い意地の張ってるアタクシとしては、念には念を入れておかないと落ち着かない。

「え~ッ かれこれざっと二十軒くらいの明太子専門店を思い浮かべてみましたが、不肖涙腺子がその中から絞ったお店は『萩の宮ほん多』と『稚加榮』でございます。どちらも上品な辛さと旨味が特徴ですが、『吉兆』や『須弥山』ほどではない。『椒房庵の釣り子明太子』や『平塚の無着色・然』も考えましたが、どうやらそれとも違う。そこで残ったのがこの二つで、どうです? ここまでは間違ってないでしょ?」

熟女軍団は互いに顔を見つめ合ってから、「流石に涙ちゃん そこまでは合ってるわよ」と言った。
「でしょ? あはは そうでしょ? やったァ 」

アタクシはもうそれだけで十分だと思ったのですが、敵は百戦錬磨のスレッカラシですから、この程度ではびくともしない。

「せっかく二つに絞ったんだから当てなきゃ駄目よ。ここで間違えたら二度と呼んであげないから」なんて残酷なことを平気で云うん。

「ああそうですか。いいですよ。どうせアタシャね、ろくでもない太鼓持ちですよ。さすらいの道化ですよ。ふ~んだ」

数ある名店から二つに絞るだけだって、そりゃあなた大変なんですからね。わかってるの? と言ってみても今更聞くような連中ではありません。左右背後から襲いかからんばかりに詰め寄って来て、雅な和装に焚き込められた香の薫りで息もできない。

「して この明太子は何処のなの?」

おそらくアタクシが来る前に同じ余興をやっていたんでしょう。そして、誰も当らなかった。たぶんそうに違いない。で、あいつなら面白かろうってんで、アタクシにお呼びがかかった。絶対そうに決まってんだから。

故に

此処はひとつ絶滅の危機に瀕している幇間業界に一縷の望みを与える為にも、是が非でも当てねばなるまい。そして、女房子供には内緒でたらふく松阪牛を喰ってやるのだ。がはははッ。アタクシは勇躍して最後の結論を出した。

「我思うにこれ『稚加榮』のものに相違ござるまい」
「なんと」
「当った? ねぇ 当ったの?」
「あ~あ」
「駄目?」
「つまんないわねぇ」

これまでの喧騒と興奮が嘘のように場の空気が一気に冷めてゆくのがコチラにも伝わって参りまして、その瞬間にアタクシは幇間としては絶対にやってはいけないことをやっちまったことに気づいた。

「当っちゃったのね」
「ぜ~んぜん 面白くない」
「ホント 興ざめね」
「だから云ったじゃない この人なら当てるって」
「なんだか お酒まで不味くなっちゃったわ」

アタクシを呼んだ方々にすれば、間違った方が面白かった。たとえ間違っても、帰りには土産だと云って松阪牛を持たせようとしていた。「お子さん達に食べさせてあげて」。黄昏ているアタクシを半分からかいながらも、そのくらいのことは言おうと思ってたんでございましょう。それが初めからの思惑だった。それが余計な一矢によって阿吽の呼吸と算段がいっぺんに崩れてしまい、場の空気が白けてしまった。

わざと間違えるのも芸のうち
何故そのことに気づかなかったのか

帰りの車の中で『和田金』の松阪牛と『千疋屋』の佐藤錦と『稚加榮』の明太子が入った紙袋を膝の上に載せたアタクシは、修業の至らなさをつくづくと噛み締め思い知らされ、図らずも不覚にも人目を憚ることなく落涙したのでございます(笑)。

コメント(5)

2007/07/04

anonym 食をめぐる、匠〔たくみ〕たちの世界との邂逅――そういうデリカシーとは無縁の米国地方都市に現在住む身なので、眩暈がしそうです。いえ、明後日の今ごろは機中のひとで、翌日には京都に着くのですが、たった2週間の滞在の半分以上がすっかり観光化した祇園祭関係でとられてしまうとなると、食に限ると米国とさして変わらぬ大雑把なものに終わってしまいかねない。(家族と離れて隠密行動をとらねば。)ちなみにこの古都には、いまに至る幇間伝説がごろごろしていますが、何ですねえ、たしかに幇間としては「わざと間違えるのも芸のうち」、そのとおりなんですが、近代的な読者としては(笑)、そりゃあもう、あなたにその名のとおり涙腺をゆるめてもらって落涙の絵を見せてもらったほうが、はるかにおいしい。はい、ごちそうさまでした。

涙腺子 絣鼠の麗人と、『平野屋』二階で鮎料理。注しつ注されつ陽が暮れて、人力雇って嵐山。今更先斗もあるまいと、嵐電乗って太秦は、帷子辻の隠れ宿。「ほんに貴方は憎いひと」。乞われて失せるも偲ばずの、月夜に浮かぶ緋縮緬。こうしてこうすりゃこうなることと、知りつつこうしてこうなって、野暮は云うまい後朝に、ほとぼり冷ます乱れ髪。主は阿修羅か愛染か、長刀鉾にあやかって、それでも切れないこの契り。祇園囃子に曳かされて、ついていきます何処までも(笑)

anonym わぁ、濃いぃ(笑)。でも、嵐電沿線(わがホームタウン!)でまとめてるから、お囃子の調子も「戻り」になってからのアップテンポでなく、「行き」の情緒豊かなほうでも、ひと晩でじゅうぶん回れそうだ。ちなみに帷子辻の隠れ宿っていうのは、太秦が良かった時期にはきっと大物俳優さんがたが使ってたんでしょうねぇ。

2007/07/05

涙腺子 学生時代に太秦の映画村でアルバイト。修学旅行生相手の寸劇(10分ほどのチャンバラ劇)の脚本を書いていたことがありまして、隣接する俳優会館に入り浸っていた頃は、何処にでもありそうな駆け出しの大部屋女優と大物俳優との着いた離れたを、随分と見聞きさせていただきました(笑)

2007/07/17

Poughkeepsie >わざと間違えるのも芸のうち >何故そのことに気づかなかったのか ↓ この教訓を明日の糧とし「あぁ芸道の道、険しさよ」と感じてこらえた頂き物は、心置きなく横浜方面へ回してくださいな(笑)

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