2007/09/27
「私をもらってください」
まずは写真。ビラが貼ってあったのは、買出しで利用する
大きなマーケットにある Starbucks のペット自慢の掲示板。
大きく印字された " Looking for a Loving Home " は、
直訳したら「愛するわが家を探しています」ということだけど、
まあ端的に書けば、本項のタイトルのような意味――。
ということで、こんな気楽なノリで全文を訳出してみる。
私はカーシー。もうすぐ5歳になります。メスの雑種で、
体重は60ポンド[約27キロ!]。今の飼い主のウチには、
小さな子どもや大きな犬がいて、私は少ししんどくって。
いかにも子どもというんじゃない大人のひとと遊びたい。
好きなのは、とくに屋外〔おもて〕。クルマだって平気です。
追いかけっこも、湖の水辺で遊ぶのも、大好き。だから、
もう少し詳しい話を聞いてもらえたらうれしいな。電話は、
XXX-XXXX のダヴまで お願いしま~す。
一見、理が通っていて、誰かもらってやってよ、と思う。
でも、これって、ほんとうにこの「カーシー」が考えている
ことであるのかどうかが、あやしい。少なくとも5歳まで
飼ってた犬なんだろ(体重だって60ポンドもあるし)?
「ダヴ」だって泣く泣くなんだろう、とは思いたいけれど、
体のいい捨て犬といったようにも、考えられなくはない。
そして私は性悪説をとる者だから、文章から読み取るのは
悲しいかな、そういう視点。そして、そんなふうに眺めると、
足あと柄の用紙とは裏腹に、写真にも悲哀が感じられる。
いや、この伝で突き詰めていけば、私が(正確にはいえば
私の留守を守っている私の家族が)飼う4匹の猫たちだって、
ほんとに幸せ?、と写真に向かって問う必要が出てくる。
やめておこう、やめておこう。そんな無駄なことは――。
ちなみにこの Starbucks の掲示板。お気に入りの写真を
バリスタ(店員)に渡したら余白に貼ってくれるだけれど、
二、三、こういう「もらってください」系もあって、さながら
小さな LOST AND FOUND の様相を呈している。じっさい、
これとは別のビラには、もらい手がなかったら★★★に
預けられちゃうんです、なんて具体的なNPO施設名まで。
米国はこの種の駆け込み寺的な組織・施設が充実している
といえばいえるところがあって、付せ字にしている★★★も
他州からの訪問者も絶えない、当分野のパイオニア的存在。
猫好きの私も、そのうちの1匹をひきとるなんていうことは
端から考えず、いちど遊びに行ってみようくらいに考えた
こともあったが、ペットショップでいつも「目が合ったあのイヌ、
あのネコが、ぼくに飼ってもらいたそうな目をしてた」と泣く、
わが息子の精神が私にノリ移ってでもいたらたいへんだから、
やめたのである。たぶん賢明な判断なのでは、と思っている。
(米国東部時間2007年09月26日21時17分; 同22時09分
および2008年02月05日12時34分 微修正)
コメント(1)
2007/09/28
anonym うん、小さな子どもの存在がペットに過負担を与えることはたしかにあるし(つまりビラでは本当の真実が語られている)、もっと別の深刻な事情があることもありえます(さらなる真実の可能性)。まあ、でも、ノラを拾って1週間預かっても情は湧きますから、5歳の飼い犬(5年間まるまる一緒にいたとはもちろん限らない)は、ふつうは手離せませんね(小さな子どもが納得するんだろうか)。というわけで、「さらなる真実」があるなら、それを(ぼかしつつでも)書けばいいのにな、なんて思ったわけです。でも、こうなったら、よりふさわしい飼い主の登場を待つ、といったところかな。(米国東部時間27日12時36分)











