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2007/11/08

「最後の一葉」を読みなおす [日記編]

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  オー・ヘンリーの 「最後の一葉」 のストーリーを知らぬひとはいるまい。 ――肺炎にかかり余命危ぶまれる少女が、病室の窓から見える蔦の葉が ぜんぶ落ちたとき自分は死ぬと思って悲嘆している、と聞いた...

コメント

2007/11/09

もえぎ  ◆「徹底的に日本語としては意味の通る誤訳たれ」 まぁ素敵なお師匠さんですね。 ◆うちの中3愚息の昨年のリーダー副読本に『最期の一葉』がありました。「お母さん 知ってる?これ やばい やばいよ」 馬鹿息子はこういった語彙しか発しないので凹む母ですが、、、。上記テキスト掲出を読み、このような冒頭だったとは私もまったく記憶にありませんでした。おおかたのこの時代の小説は情景描写からはじまるのが常ですから大事な冒頭部分ですね。anonymさん訳の「行き止まってしまう、小さな地区」の訳語のほうが結城訳よりもはるかに端的な表現で、その後に続くテーマを想う上でも、袋小路の街のイメージが瞬時に湧きます。 ◆以前、翻訳をしている知人に 「関係代名詞的修飾の長すぎる一文が、非常にまわりくどい内容で、大変に読みにくい。」 と率直に本音を伝えたことがありました。しかし、本文テキスト自体が、長文でまわりくどい文章だということなのでした。これは小説ではありませんでしたが、素人考えではもっとこなれた解りやすい文章に意訳してもらったほうが理解しやすい。翻訳家の方たちは、主題はもとより、文体自体も書き手の人となりを伝える個性として、せめぎ合いを苦心されているのでしょう。知人曰く、翻訳家は日本語に長けていないと駄目だねぇ とのことでした。

anonym 上の文中の恩師(大学での直接の指導教員で、いわば「正妻」)の翻訳には、いまも名訳の誉れ高いものがあって、翻訳以外の自分の文章にもおよぶような影響を受けました。他方、別の恩師(勝手に私淑した他大学の教員で、いわば「愛人」;このあいだ遊びにやってきたアノ)は、余計な(?)意訳的配慮を嫌い、やや生硬でも原文が想定できるような訳文を好むため、むしろ後者と共同で仕事をすることが多い私は、「正妻」の思い出に囚われ、引き裂かれるような気分になることが間々あります。まわりくどくても、それが原文の特質ならそれさえも伝えるというわけですが、ところで、関係代名詞による修飾節の場合はしかし、目でも耳でも英米人は前から後ろへと認識するのですから、長ければ長いほど、単純に後ろから前へと係る「限定的」用法としてよりも、前から後ろへと続く「継続的」用法の観点で把握し、いったん句点で切ることもふくめて、さまざまな工夫をほどこす必要がありますね。文法力だけでなく、おっしゃるとおり「日本語に長け」ている必要もあって、私がいま教える立場になって教室で苦労しているところなのですが、まあこうやって一定、職業的に英語をあつかっている風の話を書きつけるにつけ、この米国短期滞在――このおかげで”Place(s)”の訳し方もわかったのですが(笑)――における会話(hearing/speaking)の苦労の、何と大きなことよと、あらためて…。(米国東部時間08日21時50分)


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