2008/03/19
平山郁夫『絵と心』
平山氏は非常に尊敬できる画家だと思っている。その作品も素晴らしいが、その生き方も素晴らしい。そして、その人間のたたずまいのようなものも。そして、この本は簡潔なエッセイながら、平山氏が自分の人生と自分の絵画観のようなものについて触れたものである。
そういう意味で、「芸術家指南」的な内容もいろいろあるのだけれど、面白いと思ったのは画家にも「教養」は必要だという主張。画家に「学歴」は必要ないが、「ある感性を伴った教養」は必要で、そういう教養のあるなしは「その人の絵をいずれどこかで左右する」というのだ。絵のテクニックも必要だが、テクニックだけでも駄目だということ。それともうひとつ面白かったのが、「才能のない人は、いくら手を差しのべて、育てようとしても、育たない。残念ながら、これは厳然たる事実である。」とする一方、しかし「才能があるから、放っておいても花が開く、というものでもない」とも言う。これは実際に芸術家の成長をさまざまに見てきた人の重みのある言葉だろう。前者のような断言はそういう経験がないとなかなかできるものではないし(そうではなく、人それぞれに個性があって人それぞれに伸びていく可能性がある、といったようなことを一般的には言いがちなのだ)、後者の指摘も考えてみれば当然ながらこうやってあらためて言われるとはっとする。才能は、育てないと育たないのである。才能があるから自然に開花するというものではない。
それと面白かったのが、日本の文化に関するコメント。彼は欧州留学の経験から、日本の文化を「アジア」という場を土台にして見る思想があるのだが、そのアジアの中でも例えば中国と日本では違うところがある。もっとも興味深いと思ったのが、「中国の絵画には、日本絵画の特質である描ききらない部分で見る人の想像に任せることがない」のだという指摘。この事実は、「日本人の本質」に繋がるものであるとして、平山氏は短歌や俳句などとの関連も指摘するのだけれど、確かに短歌や俳句にはそのような特質がある。だが、それはそのような文芸だけの特徴かと思っていたのだが、なんと絵画にもそのような特質があるのだ。それを「日本人の特質」と言ってよいのかよくわからないが、少なくとも日本文化にある程度共通の傾向とは言えるのだろう。日本人の特質と言えば、「風景」や「いのち」に対する感性もそのようなものに含まれるだろう。西洋では「十九世紀ころまで風景画らしい風景画が発達せず、人間を描くことに終始してきた」とのことだが、リービ英雄氏も指摘するように日本人の風景に対する優れた感性は、文芸の領域でも発揮されている。こうやってあらためて見ると、日本文化の特質という視点から、文芸と絵画で共通することは意外に多いのだ。





