2008/03/27
林郁夫『オウムと私』
地下鉄サリン事件から13年目の3月20日、林郁夫氏の告白を記したこの本を読んだ。13年目という数字には何の意味もなさそうだが、そうでもない。実はオウム真理教の前身となる団体ができてから地下鉄サリン事件まで、実は12年しか経っていない。その12年の間に、あの組織は急速に拡大・肥大化し、そしてあの事件を迎える。そして、既に事件からその12年を越える歳月が経ってしまったのだ。
林郁夫氏という人物に対して、僕は非常に同情的である。まっさきに事件のことを自首したということからも伺えるように、この人はもともととても誠実で高潔、かつ優秀で善良な人物なのである。少なくともこの本を読む限りではそうと思える。医師であり、たくさんの人を正しく救うことをまさに自分の人生の目的のように感じていた。そんな人物がなぜ大量殺人に手を染めなくてはならなかったのか、そこにオウム真理教であり、もしくは地下鉄サリン事件であり、そういったものの持つ矛盾がもっとも先鋭的に現れている。ある意味でこの人は、そのような矛盾を象徴するような存在なのだ。
この手記は、自分の生い立ちから書き起こしているのだけれど、前半はそんなわけで自分の目的とする精神世界的な向上についての話がほとんどを占める。実際に阿含宗にも属したが、彼はそれに物足りなさを感じてオウム真理教へと移っていったようだ。そこに見られる姿は、どちらかというと純粋な求道者という印象だ。そして、その当時のオウム真理教は、そのような仏教もしくはヨガ的な修行の実践という意味では、他のどの宗教よりもハードな(それのレベルの高低については門外漢の僕にはなんとも言えないが、もっともハードだったことはおそらく間違いないことなのだろう)ことをやっていたようだ。
そしてその事実に、どこか選民的な意識を抱いてしまったのは、おそらく林氏だけではあるまい。さらに、その選民意識を煽るようなハルマゲドン幻想が起こった。かくして、われこそは救済者になるのだという意識をみなが持つようになったのかも知れない。だが、そのような選民意識は、いったん袋小路に入りだすとどこまでも奇妙な隘路を突き進みかねない。かくして、あのような事件を招来してしまった。ただ、それを単なる一団体の狂気の事件とだけ見るのは正確ではないと思う。あの事件は、多くの人が指摘するように日本の社会自体が宿している何かを反映しているというのはきっと間違いではない。
この本の中で印象的な言葉があった。「この物語の主人公はあなたです」。それは教団が作ったビデオの中にあった言葉のようだが、確かにこの事件の中であの人たちはある物語(ハルマゲドン)の主人公を生きたのだ(勿論、その物語が正しかったかどうかは抜きにして)。そして、今の世の中でこのように主人公として生きていく感覚を抱くことは非常に難しくなってしまっていることもこれもまた事実だ。社会のさまざまな仕組みはほとんど完成してしまっており、我々はせいぜいその完成した中で与えられた選択肢を選ぶ程度のことしかないというのが実情と言ってもそれほど過言ではないだろう。この教団の様子を見ていると、なんでも手作り感覚というか、自分たちで一から作ってしまおうというところがある。あらゆるところで、物語の主人公たろうとする力学が、たぶん教団全体を覆っていて、しかもそれは確かに現代の社会がもっとも欠落させている部分でもあった。
このように、あの教団が持っていた物語の力の強さは村上春樹氏も指摘していた。いや確かに、あの世紀末の時代の中で、あの人たちはハルマゲドンという物語の主人公になろうとしたのである。その姿を、狂気だ、馬鹿げている、と批判することはたやすい。特に、結局世紀末にはなんのハルマゲドンもなかったということを知ってしまった今の我々にとってはそのような批判は非常に容易だ。だが、現実の世の中においてそのような物語を提供する力、あるいは一人一人の人間を主人公たらしめる力、そのようなものが圧倒的に欠如していることもまた事実だろう。そのことをもっときちんと直視せずして事件が次第に風化していくだけだとするなら、この13年は決して意味のある時間だったとは言えないだろう。林郁夫氏のような人物をあのような行動に追い込んでしまった矛盾自体は、まだまだ残っているとも言える。
コメント(2)
2008/04/12
李徴 始めまして。私は東京都に住む、32歳の男性です。私もこの林氏の本を出版直後に読みました。その前になぜ私がこの本を読むようになったのか、長くなると思いますが、書いてみます。
私の両親は某宗教にどっぷり浸かっている、狂信的な信者です。子供の頃からその宗教を強制され、その尺度でものを見るように洗脳されて来ました。然し私は、元々ドライな性格の所以か、親ほど宗教に深入りできず、聖書や親や牧師の言う事をすべて疑ってかかるようになっていました。なので、10代後半辺りから、世間一般の常識と、信じ込まされている宗教の常識との凄まじいギャップに苦しむようになりました。
オウムの事件が起きた時、当時私は20歳でしたが、連日放送される内容、信者達の振る舞いなどに、我ながら恐怖心を覚えるのと同時に、もしかしたら、自分も彼らと同じようにマインドコントロールを受けているのではないか?彼らのことを批判できないのではないか?と思うようになりました。元々、宗教心など殆どあってないようなものだったので、抜け出すのは意外と簡単でした。この事件が契機になって宗教から足を洗って、今日に至っています。
私は棄教して以来、きちんとした団体のカウンセリングを受けたりしていましたが、ちょうどその頃、北朝鮮からの亡命者の手記を読むようになりました。「なぜ彼らが亡命という手段を選んだのか?」ということが知りたかったからでしたし、私と似たような境遇を得て、自由を求めて脱出した経緯を知りたかったのだと思います。その中に黄長燁(ファン・ジャン・ヨプ)氏の「金正日に対する宣戦布告」も含まれていました。
黄氏が亡命した時は、彼が超高官で、エリート階級に所属していただけに、かなりニュースになり、彼の書いたメモも新聞に発表されました。なので、彼の手記が出版された時には是非読みたいと思い読みました。ちょうどそこ頃、件の林氏の「オウムと私」を知ったのです。林氏の事はオウムのニュースで知っていました。
私は林氏と黄氏の間に類似点を見つけてしまい、何故これほど頭脳明晰で学者でもあった人が、方やサリンテロの実行犯となり、方や狂信国家を理論的に支えるお先棒を担いだのか?それに良心の呵責は起きなかったのか?何故、体制に疑問を感じて、もっと早くに然るべき手段を講じなかったのか?など、じっくり読み比べてみようと、この2冊を同時進行で読み進めました。
然しながら、結局の所、私の疑問は解消される所か、ますます深まっていくばかりでした。その後、日本テレビの番組で黄氏の独占インタヴューを2週にわたって放送され、その中で、黄氏は「私は多くの過ちを犯し、多くの人に偽りの宣伝をしてしまった」といい、故に「座して死を待つより亡命を」志したと言っていました。林氏が裁判の仮定で、自分の過ちに気付いて、大泣きした。という新聞記事を読んだ時、私は黄氏のこの台詞が頭の中を過ぎると同時に、下手をすると、自分も黄氏のように「多くの人に偽りの宣伝をする」事になっていたのかもしれない。と考え、戦慄を覚えました。林氏にしろ、黄氏にしろ、何故やってしまってから、過ちに気付いたのか。もっと早く気がつかなかったのか?と思ってしまいました。
因みに、ちょっと話はこの二人からずれますが、やはりこの頃読んだ本で、岡林信康氏の「伝説信康」があります。僕は世代的に彼のことは「カリスマ的なフォークシンガー」ぐらいにしか知らなかったのですが、彼は牧師の息子として生まれ、近江兄弟社の高校を経て、同志社大学の神学部に入学して、牧師になるはずだったのが、山谷で、日雇い労働者と共に生活したことが原因で「基督教から脱出」して、フォーク歌手になったという経歴があることが、この本に書かれてありました。彼の場合は、基督教の呪縛がかなり強かったらしく、抜け出すのに物すごい思いをしたそうです。彼の考え方、基督教を棄てた所などは、まさに当時の私と一緒でしたので、すごく親しみが湧きました。彼の曲もいくつか聴いて観ました。すごくいい曲が多かったです。
2008/04/18
ono-deluxe 丁寧なコメント、ありがとうございます。このことについては、正直、私もどう考えていいかいまだによくわからないのです。ただ、同時代を生きた人間として率直に言って「とても気になる」事件でした。だから、これからももっと多角的に考えていきたいと思っています。






