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2008/07/21

一本のもの。

今日は掃除、チョイ勉。しかし、暑くて冴えないので。出かけたが、雨が降り出し、振り出し。


ほぼ日で『イチローがヒットを一本打つことがどれだけうれしいか』ということを読んだ。糸井氏曰く、「仕事として一つのことをした。と通じるものがある。」とのことだった。確かに、その視点もある。
”図面を一枚書き上げること。”、”会議でのホストをやり遂げること。”、”手がけた商品が世に出ること。”の瞬間は堪らない喜びがある。準備をしてきたことを仕上げて、一つのものが出る瞬間だから、それをFIX出来ることはどうにも嬉しい。

社会人になってしばらくの時期、俺は一つの仕事が終わり、一息つきに飲み物を買いに行くとき、嬉しくてあふれ出す笑みを堪える事に必死で、ようやくそれを話せる人を見つけたときにその喜びを全開に出して、
「そんなことで嬉しいのは最初のうちだよ。」
とよく言われていた。でも、未だに自分にとって割合簡単になっている仕事でもFIXしていく瞬間は喜びに満ちている。それは多分個人差だろうし、そんな性格はとても幸せな性格なんだと思う。

話は戻ってイチローのヒットを一本打つことが嬉しいとの話。今度は真っ直ぐ見てみたとき、スポーツをするときに自分がどんなモチベーションでスポーツをするか?ということであるんだけれど。。。
それがとても興味深いと思うことがこの頃多い。
社会人になり、本気で練習をしてスポーツに取り組み、勝つことを義務的に感じないチームでスポーツをする機会が多い。
特に俺の場合はサッカーorフットサルだけど、「勝たなくても楽しめれば良い。」という言葉をよく聞くし、その一方で「勝たないと楽しくない。」という人もいる。多分、前者がこんな場合は凄く多いのだろうけれど(臨機応変的に使っている人もいるのでその場合の気持ちもわかる。)、後者の言い分は理解できないでもない。
なぜならば、勝つためにプレーをしていく中で、そのチームでの良いパフォーマンスが出来れば、楽しいし、出来ずに負ければ、楽しくもなんともない。
逆に意地悪かもしれないけれど、自分だけ良いプレーが出来た部分があれば、帰りの車の中で一人でニタニタしながら運転していたりする。もっと酷いときは、チーム内のうるさい人に自分のプレー(ゲームプラン的な部分)に口出しされながらも、自分の守備の個人技のみで負けを逃れた試合以外は点が取れずに全敗してしまった日は結構さわやかに一日を終えることができる。
つまり、どれだけ多く良いプレーが出来たかを重ねていくことを意識してプレーをすることがヒットを一本打つことを積み上げていくことと似ているのじゃないかと思うのだ。積み上げれば、勝つ事に繋がるし、それに集中すれば緊張することは全くない。

ただ、このことに気がついたのは絶対的なレギュラーで試合に出ていた頃ではなくて、ベンチ入りも出来なくなってきていたときに練習試合で状態の良さをアピールしなくてはならないということに必死だった頃のこと。その後、練習試合で30分間で3アシストをするも、そのチームでベンチに入ることはなかったのは皮肉なことだけど。。。

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