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2008/11/25

干刈あがた『しずかにわたすこがねのゆびわ』

  《お父さん、知ってる。
   戦争に負けちゃったんだよ。
   そいでね、今、街はすごく変わってんの。》

 この作品はどこか作者にとって、これまで模索してきたもののいったんの集大成という印象がある。何を書くべきか、もっと言えば何にコミットするべきか。同時代なのか、あるいはその時代に至る過去の道のりなのか。たぶん、本人として書きたかった、もしくは少なくとも意識の中心にあったのが後者なのだろう。
 丁寧に書いた作品だと思う。丁寧というのは、何か作者の中のあちこちに散らばっていた断片のようなものを丁寧に集めて、ひとつひとつを見直しては埃を払い、磨けるものは磨いて大切に並べていった、そんなような印象ということ。処女作もしくは初期の作品というのは、自分の中にあった異形の残存物をそのまま拾ってきて文章にぶつけたような印象がある。その分、瞬発力はあるが、なんというのだろう、丁寧な時間の流れのようなものが欠けてしまう。大玉を既に投げつくしてしまったあと、その後に掴んだ方法論のようなものをもう一度組み立てなおし、そしてその方法論の上に、まだ自分の中に残っていた小玉(大玉ほど単体での異形性や瞬発力もないが、それでもどこか捨てがたいような何かの塊)を一個一個拾って乗せていった――その作品はまさにそんな印象である。そんなわけで言わば作品は、どこか総合点の勝利みたいな出来上がりになっていて、読み手はなんとなくだらだらとした、それでもどこか居心地のよい時間を味わうことができる。
 干刈あがたは、年齢的には遅くデビューして少しの作品を残し、そして早くにこの世を去った。実際の作家活動は約十年。決して長いとは言えないその活動期間の中に、しかしきちんとした方法論の遍歴を持っている印象がある。何か自分の足場や時代との関わりを常に熟考していた人だったのだろう。変な言い方になるかも知れないが、干刈あがたのデビューが遅かったのは結果として幸運だったのではないかという気がする。高度成長が終わった後の視点から、戦後の混乱やその寂しさやその後の高度成長や政治の季節や、そんなものを振り返るという視点が、彼女の文章にはすごく似合っている。過ぎ去った熱い時代が過去の背景としてある消費社会、という素材がどうにも似合っている。勿論、そういう作品しか読んでいないからそういう印象を抱くだけかも知れないが。ただこの人は、時代なり社会なりといった大きな総体を少し離れたところから概観するのがとても似合っているしまた上手い。それは、何か熱が冷めた後のような場所からぽつんぽつんと玉を拾い上げていくようなやり方だ。だから、彼女が同時代としてそのような時代を熱い時代を書いたとしたら、きっとうまく行かなかったか評価されなかったかのどちらかのような気がする。
 そしてそう考えるとこの人を九十年代の初頭に亡くしてしまったのは、かえすがえす惜しかった。戦後という長い時間ともう一度きちんと取り組むべき今こそ、そのことを今の視点から書いてほしいと思う小説家が何人かいて、干刈あがたはその一人だ(あとは笑われるかも知れないが、椎名桜子にも本気で書いてほしいと思っていることは前にもこのブログで書いた)。

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