2009/01/10
えべっさん
10日は「十日戎の本えびす」。
9日の宵戎から、11日の「残り福」まで3日間、
えべっさんの社殿の裏戸は激しく叩かれ続ける。
えびすさんは耳が遠いので、
正面からお願いするだけでは
願いが届かないからなのだと、言い伝えられる。
テレビでも、10日は朝一番の西宮神社の「福男選び」から
今宮戎神社へ繰り出す「宝恵駕行列」の映像が流れた。
えびすさんの本家は、いったいどこなのか、というと難しい。
「そもそも」と言い始めるなら「ウィキペディア」がうまく纏まっている。いずれにしても、多様な神格として、漁業の神様であったり、市神・福神として親しまれている。
えびすを蛭子命と結びつける説は鎌倉時代ごろに現われたものである。記紀神話において、蛭子命は3歳になっても足が立たなかったため流し捨てられたとされる。その神話を受けて、流された蛭子命はどこかの地に漂着したという信仰が生まれ、その海からやってくる姿が海の神であるえびすの姿と一致したため、二つの神は同じ神だとされるようになった。その漂着した地の伝承は各地にあるが、その代表が兵庫県西宮市の浜で、そこには蛭子命系のえびす神社の総本社である西宮神社がある。
◇
一方、事代主神は託宣の神といわれ、記紀神話においても直接に水との関連はない。しかし、記紀神話の中の国譲りの項で、天津神からの国譲りの要請を受諾するかどうかを大国主神の使者が事代主に聞きに行ったとき、事代主は釣りをしていたとされ、その海で釣りをする姿とえびすの海の神であることが結びつき、同一の神とされるようになったといわれる。七福神の絵図でえびすが釣竿を持っていたり、それで鯛を釣っていたりする事があるのは、この事代主神の話にもとづくものである。また、えびすと大黒は親子とも言われるのも、事代主の父親である大国主命が大黒天と習合した事による。
西宮神社と今宮戎神社を比べてみると、西宮の方が境内地も広く、格式も感じる。
一方の今宮は狭い境内に、これだけお参りの人たちが入れるものだと、と思わせる。
30-40年前には、今宮戎の方が「宝恵駕行列」や「福娘」選びなど、神事の前からの報道を含め、派手に紹介されていたように思う。確か、津江さんという宮司がやり手で、仕掛けがうまかった、というのが専らの話であった。
それが、最近では西宮神社の10日朝一番の開門と同時に男たちが境内を駆け抜けて、先着3人を「福男」として選ぶ行事がすっかり定着して、見ものになっている。(今回は、先頭を走っていた東京消防庁に就職内定している兄さんが、本殿直前で転倒し、3番手に落ちたにもかかわらず、神社側が「1番福」に認定してしまう一幕も、テレビでは何回も繰り返し放送されてしまうオマケまでついていたが……)
比べてみると、今宮の方が新聞などのスチル向きであり、
西宮駆けっこなどは、もっぱらテレビ向きなのだろう。
メディアの特性で、年中行事の映され方も変わってくる。
東京にいながら、東京の恵比寿駅は利用しても
恵比寿神社というのにお参りしたことはない。
あの福笹にヤクモノをつける姿は関西の方が似つかわしいのかもしれない。
chagale
還暦を何年も越えた。年度を境に、働くスタイルを替える事にした。週5日はきつ過ぎた。それでも仕事に興味...
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