2009/06/23
瀬尾育生『戦争詩論1910-1945』
あの戦争の時代に、文人たちがみな反戦の作品を作ったわけでは勿論ないし、みなが沈黙をしていたわけでもない。少なくない文人たちが、戦争を肯定し、それを推進しようとする作品を書いた。勿論、それがすべて本意で書かれていたというわけでもあるまい。ある意味では時代に迎合しつつ、あるいは時代に強制されつつ、それを書いた部分があったはずだ。だが逆に言えばそれがすべてと言い切るのにも語弊があるはずだ。あの戦争を肯定しようというメンタリティもまたあったことを我々は直視する必要がある。
ここであの戦争の是非などの議論を蒸し返すつもりはさらさらないが、僕が問題だと思うのは、そのような戦争中の創作活動の多くが、まるで「なかったもの」のように消去されてしまっていることだ。詩でもそうだし、短歌・俳句でも、あるいは小説や映画や、そういったものでもその時期に作られた作品を見るのは極めて難しい。別に検閲といったわけでもなく、まるで最初から「なかったもの」のように扱われているので、なかなか人目に触れないのだ。だが、どのような理由であれ、そこに存在していたものを歴史の一頁から「なきもの」のようにしてしまうのは問題だと思う。結果として作られた文芸史には、必ず見えない脈絡が出てくる。文芸史に対する見方が偏ってしまう。あったものはあったものとしてきちんと認識することがまずは必要だと思う。
この著者は、そのように戦争中に書かれた戦争を肯定もしくは賛美する詩について論じる。実は、あの時代のそのような詩は、戦前のモダニズム詩やプロレタリアート詩とも脈々と繋がっていた。その連続を「弾圧による転向」と断じてしまうのは容易いが、そういう短絡的な見方もまた一面的すぎる。実際に、モダニズム詩やプロレタリアート詩と戦争詩とは、どこかにその親和性があったのだ。このことを抹消してしまうことは、まさしく文芸史自体を歪めてしまうことだと思う。
著者はこのように説明する。「戦争詩は、抒情を敵とし地方性・風土性を排除して、テクノロジーの<世界>性に加担してきたモダニズムの方法の、挫折ではなくて、完成なのである」。この指摘は、非常に正しい。戦争詩は、確かにこの意味でモダニズム詩などの延長にあるし(実際、北園克衛・安西冬衛なども戦争を書いた。そのことをこの著者は「作者自身を作品のなかの構成要素」にするというモダニズムの方法論の延長と見る)、さらには「戦争詩は、そのナショナルな外見にもかかわらず、ある種の反ナショナルな知性によって支えられて」いたのであって、それは「プロレタリア詩」の延長上にもあった(「彼らの詩の成り立ちにとって、革命の担い手と戦争の担い手とは置き換え可能です」)。いずれにせよ、著者が言う「戦争詩を逸脱現象ではなく、日本近代詩<それ自身>であると考えること」というのは重要な指摘だ。興味深い事実があって、実は戦争中には「愛国詩」「国民詩」と「戦争詩」とは違うものであったらしいのだが(後者はあくまで戦地の兵士が書いた詩)、それが戦後になってみな「戦争詩」という言葉に呼びかえられる。そこで起きたことはつまり、「戦争にかかわるすべてを敗戦の向こう側に押しやって、そのこちら側に無垢な詩としての<戦後詩>の領域を開いた」ということ。その所作が、やはりどこか欺瞞が含まれていることは言うまでもない。
さらに例えば著者は、戦時中には戦争肯定の詩を書きながら、戦後は反原水爆の詩を書いた詩人を取り上げ、一見無節操に見えるそのような変節も、実はその詩人の中では「反米」という根本において繋がっているのだとする。別にこのようなことがすべてだとは思わないが、ただこのような見えない伏線をきちんと見ていかないと、文芸史は薄っぺらな表面的作文になってしまう。
さらに言えば、短歌・俳句に比べて詩の文芸史は、ある意味で特に赤裸々でもある。西欧によって近代日本が受けた「傷」と「その傷の抑圧」が、日本近代詩という場所に「凝縮され集積」されているからだ。いったんは五・七という韻律や文語調そして行分けという形式で受け止めながら、結局は前の二者を放棄することになる。行分けした形式が詩であるという、いかにも曖昧な根拠に立脚することになった「詩」は、著者曰く「詩でありつづけるためにその内面性という形式自体を、散文に象徴される<正常>に対して差異化しなければなくなくなった」。つまり、「口語自由詩は、本質的にその妄想性・異常性によって詩としての存在を主張することになる」。そのようなことも含めて、外形的な定型をなくした「詩」は、それに代替する「詩の外殻」を必要とした、というのだ。そのことも結果として戦争詩の問題に密接に繋がっている。
ちなみに、著者が指摘するさまざまな歴史的事実も面白い。例えば、天皇の詔勅。日清・日露の開戦詔書では、それが「翻訳されること」を念頭において書かれていた(従って詔書の主体は日本語表記で「天皇」ではなく「皇帝」であった)。ところが、対英米戦の開戦詔書においては「翻訳されること」を念頭に置かない、ある種の超越性を導入してしまった。超越性と言えば聞こえはいいが、要するに「逸脱性」である。逸脱性ということは、この本でも指摘されている保田與重郎の言うような「詩人」「英雄」という存在とも確かに繋がる日本史的な背景を持つものとも言えるだろうが、それを国家レベルで導入すると要するに単なる国際社会からの逸脱者でしかない。
そしてそのこととも繋がるのだが、あの日本の戦争を振り返る時に、時に不思議だと思うのが、そこに不思議な美学のようなものが混じっているのを感じる。戦争とはよく言われるようにあくまで「政治」や「外交」の延長でしかないはずなのだが、日本のあの戦争はむしろ自己陶酔的な美学の面が強く出て、それが結果として破滅的な敗北をもたらしたとも言える。そのことの重い病根を考える時、まさに日本近代詩自身であったという戦争詩のことを考えることは重要なことだと思う。
だが、戦後の思考についても逆に問題があって、「<どのように戦争をなくすか>という社会政治思想にとっての正当な課題が<戦争への否定を語らなければならない>という個人倫理に翻訳されて詩に向かって語られてきた」。そこに見られるのは、「愛国詩」「国民詩」「戦争詩」をいっしょくたに「戦争詩」にしてしまったような乱暴な忘却であり、つまりは日本近代詩自身を忘れてしまおうとする暴挙ではないのだろうか。それをなかったものにするのではなく、きちんと正面から見据える必要があるのだ。
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