2008/01/31
雪をわたる光
その日、大学から最寄り駅までのあいだをわたす道の両脇に、ちいさな雪灯篭がたくさん並びました。
辺りがうすやみに包まれるころ、近隣の人々がミニ雪灯篭にかがみこみ、そのひとつひとつに火をともしていくのを見ました。
大人たちはジェットライターをふかしながらも、「風向きが変わった」「つかない」「消える」などと、くぐもった声でもらしていました。その中に混じって、小さな少年が、右手に蝋燭、左手に紙コップを持ち、雪道を危なっかしい足取りで歩いていました。ライターを持っていない子供は、蝋燭から蝋燭へと、炎を移してゆくところだったのです。
危なっかしいと見えたのは、右手の蝋燭の火を絶やさぬよう、慎重を期した歩き方のせい。一見頼りなさそうだったその歩みこそが、じつは最もバランスのとれた動きでありました。左の紙コップは風除けで、右手から離しすぎれば雪国の夕暮れのつめたい風に、炎をかき消されてしまいますが、かといって、かぶせすぎれば、コップ自体が燃えてしまう危険もあり。うまく間を保たなければならず、間を保ちながら雪の上をわたっていくためには、ゆっくりでなければならないわけです。
そうしているうちにも、雪混じりの風が、いよいよつよくつめたくなってきました……。
今にも消えそうで消えないほのおを、少年は守りぬき、彼が歩み去ったあとには、ひとつ、またひとつと、あたたかなオレンジ色の点が増えていきました。時間をかけて、オレンジの点は一列を成し、そして二列めを成し、暗闇のなかを二列が向き合った時、光のファンタジーロードが完成しました。あの子は、天使でした★
足元のひとつひとつに、消えそうで消えない小さな火を、地味に守ってリレーしていくこと。風のなかで、火をわたしていく作業を続けるということ。それは、そばで見ている人に確実に希望を投げかけるし、自分の周辺ぐるりにわたすことができるのなら、光の輪を広げて遠くに届けることだってできるでしょう。それが世界を守ることなんじゃないだろうか……? そんなようなごちゃごちゃしたことを、最近よく考えてます。
かつて、思いっきりヒーロー肌の主人公が活躍し、偉業を成し遂げる歴史物やハイファンタジーシリーズを、好んで読んできました。いまでもそういう大きな物語への想いはありますが、結局、世界は手作業の反復でつくろわれていくんだ、という考えが日に日に強まってきて、日常のなかに溶けこんだファンタジーを感じつつ、暮らしています。
木谷梨子★
これまで名前の読み方を特に決めていなくて、「きたに」でも「こたに」でも、お好きなようにお呼びいただい...
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