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2012/02/13

ホイットニー嬢の変死(薬物後遺症?)のニュースに想う、《ニコレット》誕生秘話と日本の選ぶべき道。

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ホイットニー・ヒューストンが(アメリカのみならず)日本で大ヒットを飛ばしていた時期は、ほぼ、日本のバブリーだった時期と重なるのでは。

だからわたしにとって、ホイットニーの歌声は『バブルの思い出』の一部です。わたしのここまでの半生において、唯一、女性とふたりでコンサートに行ったアーチストさん!なのは間違いないのだけど・・・その席に誘った相手が誰だったか、全然覚えていない。

そのくらい、あの頃の婚活デートにはおカネがかかった。こじゃれたレストランとか、ホイットニーぐらいのスター格のコンサートにでも連れ出さなくては、成人のデートとして「恰好がつかない」時代だった。お相手との時間をつなぐ名目に(来日する)ホイットニーを「利用しただけ」だから、余計にそのときの記憶なんてアタマに残っちゃいない。今からしたら「ひどい時代」だったと思う(苦笑)

だからあいにく、彼女の夭折に傷める心は持ち合わせてないですねー。それよか、わたしが洋楽ミュージシャンの死で一番ショックだったのは、やはり思春期に聴き惚れていたニコレット・ラーソン。

享年45歳という、あまりに突然の訃報でした。

死因は脳浮腫。軽くアタマを小突いても打ち所とタイミングが悪かったりすると、働き盛りの世代に「ままある突然死」、のパターンなんだそうで。運が悪かった、とか言いようがなく、余計に不憫さにかられました。若かりし時分のニコレットはリンダ・ロンシュタットの「妹分」、などと言われて、日本の若者すべてが名前でピンとくるような海外スターではありませんでしたけど。

そんなに知名度の通ったスターだったのなら、のちに日本で禁煙ガムに「ニコレット」なんて商品名を付けるワケがない!

と言おうと思ったら・・・失礼。《ニコレット》は欧米が元祖の医療補助薬なのでしたね^^; だから(販売元が)あのジョンソン・エンド・ジョンソンなのか。

リンダ・ロンシュタットとかドリー・パートン(このふたりは同い年)とか、このへんの先輩が未だ現役で元気にやってるのに、ホイットニーあたりまでが「先に逝って」しまうとは、ねえ。たしか『I Will Always Love You』はもともと、ドリー姉御の持ち歌だったでしょ? ナンか、「すんげー違った曲」に変えてしまったなあ^〇^;と、あとあとになって「ホイットニー・バージョン」を聞いたとき感じたモノですよ。

で、ついでにガムの《ニコレット》の方をWikiでみたらば、オモシロい事実を発見。

《ニコレット》って70年代には、ほぼ(製法と効用が)確立してたものの、発明されたスウェーデンでは医療薬として認定が取れないでいたらしいですよ。その理由がカンタン明瞭と言うか^^;・・・つまり、「喫煙は疾病ではない」のひとことで却下されてしまってた、んだと。

ははあ。健康先進国の北欧にして、40年前までは「それが常識」だったとは・・・そうか。そうかもなあ、って感じですよね(笑) 結局、最初に《ニコレット》に医薬承認を与えてくれたのは、スイス。母国スウェーデン当局の承認に先立つこと3年、1978年のことだったそうですわ。

つまり、こと「健康追及の貪欲さ」において、当時のスイスがスウェーデンより3年先んじていた、とも言えます。スウェーデンで相手にされないガムを、「なるほど、これは今後必要とされていく画期的な概念の薬だ」と先に認めるだけの眼識が育っていた、と言うことです。

技術にせよ文化にせよ、この「率先して認める」ということが出来る国は競争に強いです。きょうび誰もが言うように、日本のお役所はこの「一番肝心なところ」が出来ない。いつもビクビク、周りを窺ってばかり。前例のない懸案には300%及び腰だから、新進的な技術や頭脳がみんな海外に「逃げて」しまう。これをするには感性の尖がったオモシロぃ人こそが「官庁にいなきゃならない」ワケで、やれ人数減らせ、給料減らせ、じゃないでしょう、ということなんですね。要は、昇給や登用のロジックをヨコ一線の年功体系から、いかに「攻める役場」のそれへとスピーディに変革するか。

人はすべて、あした死ぬやも知れぬ身。

人であるなら生あるうちに、いかに感性を燃焼させるか ─── 真に今やらなけりゃいかんのは、まさにそこでしょうよ民主党さん。

コメント(2)

2012/02/14

coupe男爵 え、久々にニコレット・ラーソンの名前を聞いたと思ったら97年に亡くなっていたのですか。たまに聴くのがリッキー・リージョーンズというくらい進化のないオヤジなのですが。ノラ・ジョーンズが出て来たときリッキーの娘かと思ったら、実はラヴィ・シャンカールの娘で、これは大ボケでした(笑)。 新規医薬品等の認証に対する日本人の優柔さ。かつては高峰譲吉や北里柴三郎、秦佐八郎といった優秀な薬学、病理学博士を出した日本人が、なぜこうなったのかですね。複雑な背景があると思います。第一に昔のように日本人が貧困で、周囲に病弱で苦しむ若年層がいなくなったこと。社会的使命や大義が薄くなり、医師になることは命懸けの仕事から変わりました。対価としての高給が反対に目的性になりました。それと、医学界に戦争中の人体実験以来のトラウマがあるのではないでしょうか。行政側含めて最終段のご意見、深く賜わりました。

2012/02/15

す⊃ぽんはむ いつもご丁寧なコメ添えをいただき有難うございます^^ リッキーも懐かしい!ですね。リッキー・L・ジョーンズとかスザンヌ・ヴェガ辺りまで?だったかなあ、わたしが真摯に女性洋楽ヴォーカルに浸っていた時期は。 日本医学の変質というのも、たしかに一面そうですね。遺伝子研究とか、超微細外科手術とか、組織(チーム)化&細分化された先端医療テク競争に(学会の着目が)突っ込みすぎてしまって、目前の現実に在る死の恐怖や苦痛と闘う、生身の患者の顔が見えているのかな、という掻痒感は(加速する地方の医者不足とも相まって)日ごと肌身にキツく刺し入る気が募ります。

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