2006/07/07
アラン・ケイが描くパソコンの未来像
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コメント(14)
コメント
2006/07/07
島崎丈太 とすると、ポッドキャスト等をアラン・ケイは好きではないのでしょうね。 インタビューを読んでいて、彼は人類が今のままの姿で未来に向けて前進して行く姿を望んでいると感じましたが、どうもそういうことは起こらないような気がします。 彼の提案したような人類を知的に助け前進させるツールとしてのパーソナルコンピュータ、というものは、彼のように農場で育った子供には巧く作用するかも知れませんが、多くの人々には時間を浪費し、知的に退廃してゆく陥穽になる可能性が高いように思っています。 今は人類文明の最後の輝きの時期なのかも知れない。
2006/07/08
雲衣。 常に知的刺戟に充ちた「課題」を提供していただいて感謝しています/笑。確かにコンピュータの歴史と印刷された本の歴史は「似ている」以上の密接な重なりを持っているように僕にも思えます。ではどこが違っているのか、そこにとても興味があります。一番大きいのは発達・発展にかかった歴史の速度です。グーテンベルク印刷機のまえから人類は印字の文化を持っていました。陶器などのローラーや平面に刻字されたものを当てて転写する技術、あるいは綴じられた本という形こそ取りませんでしたが、百万塔陀羅尼の内に収められた陀羅尼経の巻物は銅版もしくは木版だったことが知られています。ところでそれから1000年が経った、今から200年ほど前の江戸後期の人びとはそれほど文字に親しんでいたのでしょうか。出版文化が盛んですから読む人はそれなりに多かったでしょう、でも皆それほど積極的に文字を書いていたのでしょうか。滝沢瑣吉こと馬琴のような職業作家を例外としてそれほど多くの人が日常的に文章を書いていたとは考えられません。江戸時代の日本人は日記や手紙を含め半数以上があまり書けなかったのではないでしょうか。むしろ問題は文字を読めない人、読まない人がふえることだと思います。マクルーハンの危惧はアメリカ人の識字率の低下が分かっていたからではないでしょうか。まるでカート・ヴォネガットが小説『スラップスティック』で描いたようにアメリカは部族/tribe社会への傾向を強めています。民族以外に趣味や好みを同じくするある種「部族」のトライブ言語でなければ通じない社会が近づいているような気がします(日本もけして例外ではないと思いますが、、、)。マンガやTVや映画等のDVDやものわかりの良いことだけを主張する脅迫的な「商業音楽」に囲まれ、脅しと現状肯定の間を往ったり来たりするだけの粗製濫造される新書以外の本をあまり読まないため、過去を知らなくなるだけでなく、話しも通じなくなる「電子的部族社会」への可能性を僕はほんの少しだけ愁いているのかもしれません/笑。。。 (もし僕にマンガへの偏見があるとすればどれほど優れたマンガでも「現代」からみた視点しか持ち得ない所です / 若者たちは圧倒的な[イマ現在]だけに囲繞され自覚もないまま窒息しかかっているように見えます) ハイホー!
2006/07/09
CLASH 江戸時代 識字率 でググルといろんな数字が出てきますね。 同時代では世界一識字率高かったようです。遊女が恋文破ってる浮世絵とかありますし(笑) おっしゃるように現代では、マスメディアは映像情報であふれてますし、個人間は電話やショートメールが多いですから、「読む」こと無しに楽々と日常を生きていけますし、長い文章を書く必然性は、ほとんどないんじゃないでしょうか?
CLASH 個人的には、例えばここの日記も含め時々それなりに(笑)考えて文を書くのが、漠然と感じていた自分の想いを発展させはっきりさせるのに大変役立っています。 僕の場合は特に、ネット上で他の人が見る可能性がある文を書く というのがいいみたいです。自身もツッコミなんで、自分もある程度のツッコミに耐えられるように、それなりに意識して書きますから(笑) これが人知れず書いてる紙上の日記だったら、自分へのフィードバックは違ったものになる気がします。
CLASH 「電子的部族社会」については、今まで考えたことはなかったのであまり意見もないんですが、いわゆるデジタルデバイドとか、最近はグーグルデバイド(笑)について、けっこう格差広がってるよなあと感じています。そして、情報デバイドの勝者であらせられるイマドキの人々も、情報洪水を受け流し消化する能力は幼少時より鍛えられたと思いますが、彼等はその先、どうするの? それを最終的にどう使うの? てっとこに興味があります。 結局は「私はなに?、ここはどこ、自分はどっちに行きたいの?」のために全てはあると思うのですが、この、主体性とか自己の確立というのが難しい問題で。
雲衣。 ハッと気がつき、僕もググりました/笑。面白いですねェー。書くにしても読むにしても明治以前はかなりアバウトというか意味が大体通じればいい程度で、現代の緻密な読み方とは違っていたようです(漢字や漢文には複数の訓み方が成立することと関係あるのだと思います)。考えが自ずからまとまっていくと同時に、書くという行為によってそれまでと違う考えが出て来たりするのも、不思議ですが愉しい/笑。とにかくパソコンは色々な可能性を持った新しい「コミュニケーションツール」であることは事実ですね。それにしてもグーグルはおそらくマクルーハンも驚くほど革命的です。
2006/07/10
CLASH 書くために考えをまとめる過程では、様々な発見があり、思考の軌道修正や抜本的見直しも起きますね(笑) 僕レベルでは、書かずに頭の中で全てを作業するのは無理でして、書くことによって思考の要素をいったん外在化させることが、考えをまとめるのに不可欠です。また、書くという行為は、ある種の排泄行為でもあります。書くことによってそれまでの考えをまとめ、それでやっと思考はいったんそこから離れて、その次のステップに進むことが出来る という部分があります。
CLASH ところでアラン・ケイは「だからこそ、100ドル・パソコンのコンセプトに意味がある。きちんと自分で学び、自分で考える能力をもった子供を育て上げるために。」と言ってますが、所詮PCは道具です。自分で学び、自分で考えるための「意志」を育てるのは、PC以前の問題で、シュタイナー的に言えば7歳位までの育て方、自発性を発露させる育て方にあり、その段階では、PCはTV同様バーチャルであるが故に有害である というのが僕の見解です。
島崎丈太 私もCLASHさんと同じ意見で、幼い子供達にバーチャル体験を余り沢山させると良くないと思っています。 まさかアラン・ケイは「アフリカ等の土着の文化や風習に子供が染まる前に100ドル・パソコン経由で西欧の進んだ文明を注入すれば」とか思っている、という訳ではないと信じたいのですが、どんなんでしょうね。 100ドルパソコンで、コマーシャルベースの有害なゲームがプレイされないとは限らないし、下手するとそれが最も多数派の用法になってしまうかも知れないのに。
雲衣。 インターネットに接続する限りパソコンはアレクサンドリアやバベルの図書館を凌ぐ人類史上最大最強の図書館です。そこにはありとあらゆる「本」があります。電子的アナーキズム空間とも呼べそうな「仮設の宇宙」に子どもが迷い込むのは『はてしない物語』のバスチアン以上の危険とリスクが伴うでしょう。玉石混淆で果てのない「情報」を初めとする不自然な「森羅万象」と一緒に、その仮設宇宙には火を吐く龍よりも恐ろしい「悪意」がとぐろを巻いている筈です。もしかすると「パソコン」は子どもにとって希望すら残っていない、欲望だけが増殖した本物の!〈パンドラの箱〉であり、私たちは既に管理不可能な【欲望の箱】の蓋を開けてしまったのかもしれません。アラン・ケイは石板や蝋石の代わりに、あるいはノートと鉛筆より優れた文具として100ドルPCを貧しい国の子ども達に与えたいと考えているのでしょう。豊かな国の子ども達が使っているからには、更に文化と経済格差を作らないために論理的にも与えないワケにはいかないのです。だったら高いより安い方がいいに決まっています。しかし、その「善意」にはとんでもないリスクが伴います。与えるも地獄、渡さないも地獄の時代が始まってしまったのです、、、、 (私たちはもう「現実」というより巨大な「見世物小屋」に棲んでいるのかも知れませんね/笑。)
CLASH 図書館で思い出しましたが、Netの膨張と検索技術の向上は、MEMEXそのものだと思います。ケータイを放棄して5年になりますが、外部記憶としてグーグルには時々アクセスしたくなるので、ブラウザ積んだ奴を保有するかどうか真剣に検討中。
CLASH Netがある意味魔界(笑)であることをアラン・ケイは当然わかっているでしょうから、100ドルPCからNetにログインする時は、フィルターついたサーバー経由になるでしょね。その程度で、判断のつかない子供を有害な(笑)情報から保護できるとも思いませんが。 山本夏彦が、洗濯機だのエアコンだの現代文明を享受しておいて、その頂点にある原爆だけを否定しようったってそうはいかない といった主旨のことを書いていましたが、Netもそうだと思います。 いいとこ取りは無理でしょう。毒を喰らわば(笑)
島崎丈太 例えばネットなんか殆ど知らない社会の人達が、「自分達が一体どういった魑魅魍魎の群れに投げ込まれるのか」を良く理解出来ないうちに、先進国側が「善意の」100ドルパソコンをばら撒くのは、インディアン社会に酒を持ち込んだり、南洋の小島に性病を持ち込んだ白人社会の行為の二の舞にならないものでしょうか。 同時に又、それを「有害コンテンツはフィルターしてあげる」というのも結構不遜な考え方のような気もするし。 考えてみると結構難しい問題ですね。
2006/07/11
lightcyan いろいろと考えるべき事はあると思うんですが、とりあえず書くことを使わない異文化交流w
http://www.youtube.com/watch?...









