タニザキジュンイチロウデン
「谷崎潤一郎伝 -堂々たる人生」
神話を暴くというよりも、有り余るほどの谷崎先生への愛と尊敬をもって書かれた本である。
谷崎の本格的な評伝は初めて読むので、他のものとは比べることはできないのだが、資料に丁寧に当たっているとはいえ評伝として望まれるバランスを崩しているようにおもう。膨大な資料を御しきれていないのと、作者の過剰なまでの谷崎先生への愛と尊敬の念が原因か。ただ、逆に言えばこの本の著者の他の本と同じように、そうしたバランスを崩した過剰な部分が読みどころともいえるが、何か一冊谷崎の評伝を読むとしたら、正直この本は薦められないかもしれない。
しかし、谷崎が一時期患った列車恐怖症(長時間電車に乗れない)を自分も同じ症状に困ったことがあると、喜んだり、神話化された松子像の一部を、松子との結婚にいたる状況や、後から出てきた書簡などの資料を基に否定する姿などはまるで、何で谷崎先生は、なんでこんなつまらない二人の子持ち女に引っかかるのだ、と、理想の女として祭り上げられた松子に作者が嫉妬しているようにも見えて面白い。
松子像の中で有名な、御寮人様とその召使ゴッコは、谷崎が松子に対し立場上圧倒的に優位ならばこそできる、宮廷恋愛のような遊戯的なものという理解はその通りだろう。また、芸術家としてありふれた夫と妻の関係にはなりたくないという谷崎の芸術上の要望で松子が谷崎の子供を中絶したという有名なエピソードは、「初音 きのふけふ」という、随筆の中にでている松子の妊娠・中絶の経緯を記したエピソードからも否定されるという。このあまり良く知られていない随筆「初音」には松子の健康上の理由から二人の医師に中絶を勧められた、という経緯が詳細に書かれているのである。なぜ、真実とも思われないエピソードが広まったかというと、まずこの言うなれば芸術的中絶の話しをおさめた「雪後庵夜話」が幾つもの本に収録され世に知られたということと、松子夫人の書いた随筆がそれを裏書したことにあるという。つまり松子神話は谷崎と松子の夫婦共同作業によって作られたのである。また、他にも色々と理由はあるが、煎じ詰めれば、”谷崎先生”は、「健康上問題がないのに妊娠中絶を迫るような冷酷な人間ではない。」ということか。
しかし、私にとって一番面白いのは、谷崎の浄瑠璃嫌いが語られているところである。いや、私本人は谷崎と同じ歌舞伎贔屓とはいえ、舞台を見たこともない浄瑠璃を否定する者ではないが、谷崎の浄瑠璃批判はまことに面白いのだ。ちょっと、意外に思うが、谷崎は人形浄瑠璃の残酷さを嫌っていたという。「『寺子屋』の武部源蔵が、主君の身代わりにする子供を探そうとしてどの子を見ても品がなく、失望して「いづれもみても山家育ち」というセリフを取り上げ「忠義に凝って殺人鬼になった人間の言葉としか受け取れ」ない、とし、浄瑠璃が海外で持てはやされているのを遺憾に思い
「…まことにこれ(※浄瑠璃のこと)はわれわれが生んだ白痴の児である。因果と白痴ではあるが、器量よしの、愛らしい娘なのである。だから親であるわれわれが可愛がるのはよいけれども、他人に向って見せびらかすべきではなく、こつそり人のいないところで愛撫するのが本当だと思ふ」
いやー。もうなんというか、、。やっぱりステキすぎます。”谷崎先生”は。歌舞伎に関し、同じ論理が展開されようとも感心せずにはいられない。結局は、そこに尽きようか。
作者の猫猫先生のブログ。
大変いつも面白く読ませていただいているのですが、、、。
私も紹介にだいぶ腰が引けております。
死んでしまえ、と言われたらどうしよう。。
身も蓋もない言説がステキです。
ttp://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/
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