済生学舎と長谷川泰
最近、野口英世の出身として有名だが、英世がここにいたのは、6ヶ月にすぎない。大学を出ないで前後期の2回の試験を通って手医師になるルートとして存在した私立の医学予備校だったらしい。
1876年(明治9年)4月 - 長谷川泰により、医師養成学校である済生学舎設立
1903年(明治36年)8月 - 済生学舎廃校。
1904年(明治37年)4月 - 私立日本医学校
ここから、日本医大と東京医大の前身が分裂して生まれた。
(この経緯のため両校はいまもギクシャクしているらしいが。また、野口英世のPenn 大に提出した履歴書には東京医科大学卒業と書いてあるので、複雑である。)
以下、サイトより
長谷川泰が明治九年に済生学舎を創立して以来今年は百二十四年目に当たる。当時、済生学舎は西洋医の半数を養成した私立医学校である。然し今日に至るもその本体に就いては、不明な点が余りにも多い。
- 2007/01/12更新
- 2007/01/12登録
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