たかはしちくざん「つがるじゃみせん」
高橋竹山「津軽三味線」
オラえの在所は津軽のォ小湊ンさ。
小っけ頃がら目ェッコ潰れてボサマになったよ。
してさ、音の鳴るモンなんでも好ぎでサ、戸田のジサマさ三味線ば教えでもらってよ...
イヤ、なんも苦労でねエ、シャッコイ雪ン中さ漕いで歩るって『岩木』ば奏ったべサ。
あれ、なして泣ぐべか。オラエの一生ば数奇って言うのがい、
ナンも、映画にもなったし、東京の「じゃんじゃん」だがで、若い衆もノったべサ。
今だら、吉田アンチャ、オンチャの津軽三味線兄弟ば聞いてスイングしてんだべ。
オラえもなんぼか嬉しいべサ。
歌ッコだら負げねけど、目ンコひんむいて面白いベ。
オラえの名前ッコがい、竹の山ッコて書いて「ちくざん」ていったサネ。
まんず、一曲聞くがい....... ハッ、テンテンテンテンテテッテテン、
津軽三味線の新境地を切り開いた人。
今はなき渋谷ジャンジャンで知った日本のネイティブ。
竹山の哀愁のある魂の音色はブルーズロックと思ったものだ。
1973年、ATG映画・斎藤耕一監督「津軽じょんがら節」により全国的にブームを呼ぶ。
1998年2月5日没。享年87歳であった。
このアルバムは73年12月、渋谷ジャンジャン初出演を録音したものである。「口説節」「三味線じょんから」は演奏だけでなく、その歌声もしびれる。
(津軽弁は私の想像です。青森の方、すいません)
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