ダンジュウロウ
十二代目市川團十郎
江戸の歌舞伎を代表する名跡の一つ、成田屋の当主。スケールが大きい芸風というと褒め言葉になるが、大雑把ともいえる。特に、台詞回しがなんとも独特で、お世辞にもうまいとはいえない。しかし、彼が歌舞伎座の舞台に立ったときの祝祭感、陽性のオーラは他の役者では替えがたいものがある。ただ近年の白血病の闘病生活により、そのお日様のようなあたたかさもついつい翳りがちではあるが。
いるだけで朗らか、深みや翳りというものをまったく感じさせない空っぽの大きな器のような芸風は、儀式的な趣の強い荒事と、意外なことにグロテスクな南北物に向いている。團十郎がでると、南北の陰惨なグロテスクさやどぎついリアリズムが和らげられ、陰に隠れていた江戸歌舞伎らしい、ナンセンスなユーモア感覚が際立つ。
また、十二代目團十郎の母がモデルになった、宮尾登美子の「きのね」を読むと、あの複雑な家庭状況の中で、よくもあれだけ朗らかに育ったものだと感心すらする。
團十郎にとってネガティブな文言を並べたが、お江戸の多くの歌舞伎ファンにとっては、團十郎はおせち料理の睨み鯛みたいなもので、いるだけでよいのです。三日間、立派な姿でお節をゴージャスに飾りつけ、これから一年の家族に降りかかる不幸も払ってくれる。そんなお節の鯛にいったい誰が味まで望みましょうや?むしろ器用な役者になって欲しくないとすら思う。基本的に丸大ロースハムの広告(音声注意)のような心境です。團十郎は、あくまでも舞台上での演技を見るものではなく、舞台に立っている團十郎をみるものなのです。歌舞伎には、演技を見るというより、その役者振りを見るという側面があり、成田屋は、特に伝統的にそうした側面が強いように思われる。
但し、息子は父とは芸質が違うと思うので、父の写しとして固まってしまうのではなく、他からも広く取り入れて欲しい。特に近年ますます父に似てきている台詞回しの改善は急務。義太夫をもっと頑張れ。
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