シュウキョウトニホンジン
宗教と日本人
宮崎駿が「紅の豚」の製作に際して、十七歳の女の子の役(声優)を公募してテストしたところ、その声がほとんどみんな娼婦の声だったと云う。
***
日本人がかつて個人の自発的美徳として心ひそかに誇りを抱いていた他人への細やかな配慮が、急速に欠落し始めていると叫ばれて久しい。譲り合いの精神や弱者への思い遣りを含めたマナーやエチケットが、大都市でも地方でも無きに等しいほど失われつつあると云うのである。
だが、考えてみれば、それにはそれなりの理由と動機が在るはずであって、傍若無人を絵に描いたような「大阪のオバン」たちの例を挙げるまでもなく、昔から日本人は表と裏で態度・行動を使い分けることに長けた民族であり、戦後の混乱期などを観ても明らかなように、少なくとも御上(おかみ)の目の届かないところでは、余り褒められた真似はして来なかったのである。
自尊心なき民は下卑に走る。
「貧すれば貪す」は何処の国でも通じる言葉だが、今日の日本に飢餓はない。それでは、今日蔓延しつつある心の貧しさを生み出した根源的要因は何か。
政治家が官僚が裁判官が企業家が自尊心を捨てた今、下賎に走る国家は何処に向かうのか。
司馬遼太郎はこう語った。
『もう、だいたいlこれで終わりなんでしょう。日本のいわゆる発展は終わりで、あとはよき停滞、美しき停滞をできるかどうか。これを民族の能力をかけてやらなければいけないんです。・・・でも、どうもその美しき停滞にはいけそうもない。』
***
この本は司馬遼太郎対話選集の第八巻で、対談の相手として選ばれたのは宗教学者・山折哲雄、哲学者にして僧侶の橋本峰雄、小説家・井上ひさし、ノンフィクション作家・立花隆、日本文学者・リービ英雄。最後に文芸評論家・堀田善衛とアニメーション作家・宮崎駿による鼎談と言う構成になっているが、司馬遼太郎が生前暗に危惧していたことが現実になって、今更ながら氏の深遠なる歴史観に瞠目せざるを得ない。
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「理想のない現実主義者って、最低ってことだからね」
宮崎 駿
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コメント (5)
2007/03/30
夜の撃墜王 国教が無い事が良い事だと思っていたのですが、
政治なのか宗教なのか分からない、
ごちゃ混ぜにされたモノに、いとも簡単に騙されてきた歴史を見ると
キリスト教みたいなダメな宗教も、
あれあれで存在価値があるのかなと・・・思ったりします。
最近じゃ、スローガン政治に簡単に騙されたり。。。
白洲次郎の「日本人の面子なんて、8月15日以来あるもんか」には
同意したくないんですけどね。話しがズレていましたら、ごめんなさい。
涙腺子 この本から一部を引用・咀嚼して申し上げますと、古代ユダヤ教・キリスト教・イスラム教はすべて、砂漠や荒れ野で動物を飼っている遊牧の民たちの間で発生しています。彼らは人間もまた、羊や山羊や牛や馬のように飼い慣らされるべきと考え、それが人間管理システムとしての宗教と云う大きな思想を生む背景になっている。「野獣」の行動を律する(飼い慣らす)規範としての宗教(一神教)が発生することによって、いつも行いを神に観られていると云う自意識が芽生え、良くも悪くも神の教えは絶対であるとの「神への依存体質」が生じ、我が命も子供の命も神(創造主)から授かったものだと云う教えに繋がって、自殺はいけないが神への殉教(自爆テロ)は賞賛されるなんて酷い話になる。一方で日本には「八百万の神」を信ずる多神教(汎神論)の伝統が千五百年以上前からあって、明治の伊藤博文は既存の仏教や神道はどれも国民全体を一元支配する権威を失っていると観て、それに替わるものとして「万世一系の天皇」が日本を統治するなんて明治憲法をデッチ上げた。これはキリスト教国家(欧米列強)に対抗するには、日本も天皇(現人神)絶対主義の一神教国家に作り変える必要があると思っていた証拠でしょう。だが、この一神教化洗脳政策の結果、昭和の時代になると軍部は国家の一機関としての機能(天皇機関説)以上の権力(統帥権)を天皇に持たせようと画策し、旧日本陸軍参謀本部の機密図書『統帥綱領』『統帥参考』によれば、この論拠なき統帥権によって、軍部が天皇を傀儡として超法規的統治を独断で行うことができると考えるまでに至る。民族が持つ固有の哲学の歴史的背景を無視して視野狭窄に陥った軍部が暴走し、国と国民を担保(元手)として無謀な戦争にのめりこんでゆく。ここらあたりの感性は、たとえ彼等が超エリートの選民意識に凝り固まった秀才とは言え、実に井の中の蛙と言うか田舎者の発想ですね。誇大妄想とか夜郎自大とかの言葉がピタリと当て嵌まる。敗戦後の日本はかつての反動で、日本人が持つべき民族の誇りを捨てるところから欧米型「キリスト教民主主義」を受け容れた。受け容れたのは敗戦国として仕方ないとしても、それを今日まで十分に咀嚼できていない。と言うより、何処かで生理的嫌悪感を抱いているから、素直になれない。少なくとも支配者側にない日本人(一般民衆)にとって、宗教(神仏)とは現世利益を得るための小道具であり舞台装置であり、いつでも好きな時にお参り(頼みごと)ができる仲の良い友達であって、神は常に民の側にあるべきもので決して権力から押し付けられるものではないと言う捨て難い思いが、代々遺伝子として受け継がれているからでしょう。自国の権力であろうが他国の権力であろうが、日本人は上から押付けられた「宗教」には面従腹背して言うことを聞かない。これを天地逆転させて俯瞰して観れば、「靖国」も「官製談合」も「いじめ」も「給食費不払い」も、持つべき理念を見失って彷徨う国家民族に発生すべくして発生した『鬼胎』現象と申せましょう。
2007/04/01
Poughkeepsie その「飼いならし」術にたけた彼らは、布教とセットで、学校を建て教育を、病院を建て医療を施す。同時に産業を興し既得権益の基盤を築く。植民地化の道具としてのミゴトな宗教でしょう。一方明治維新後、日本はハードウェアの近代国家は見事に取り繕った。他国でも社会基盤を張り巡らせていった。しかしそこまで。五族協和「ボクラハナカヨク亜細亜ノ子」とかいって机を並べる以上の何らかの知略はあったのでしょか。
KA_TSU >「理想のない現実主義者って、最低ってことだからね」
Idealist Without Illusion(幻想を捨てた理想主義者)
を標榜したのは彼の地で暗殺されたロバート・ケネディでした。
理想は進行形、もしくは未来に属する言葉だと思います。
現実は停滞、もしくは現在、過去に属する言葉だと。
僕は
未来を見据えつつ、現在を愛することができる
そんな生を生きていきたい、そう思います。
日本の発展は終わったかもしれない。
それは、ある視座からみて、積み上げるものを積み上げただけの話だと思います。
これはからはそれを壊してでもあらたなものを獲得する視座を得ることが重要なのだと。
涙腺子 いつも云うことですが、日本と日本人をリードしているはずの政治家・官僚は常に後ろ向きにボートを漕いでいる。時代を先読みして先手を打つ智恵は皆無で、司法・行政・立法すべての面で国民へのサーヴィス機能は低下し、その失政のツケだけはしっかり主権者たる民に払わせようとする。モラルと本分を見失った国家権力や一部企業家のエゴイズム・因循姑息を一時的停滞と観るか腐敗と観るか。その一方で、格差社会の蔓延に明日への希望を奪われた民は国家への忠誠を密かに捨て、税金全般を意識的に滞納したり、年金基金やNHK受信料や給食費を収めずに、我と我が身の今日と明日だけを考えるようになる。やがて国民全体が徐々に疲弊・分裂し愚連(グレ)始めた時、その欲求不満の矛先を諸外国へ向けようとする使い古された安易な試み乗るか否か。短絡的感情反射に依らない、研ぎ澄まされた「鈍感力」が試される時代がまもなくやってくることでしょうが、アメリカとその手先となったメディアによる一億総愚民化・退廃化政策の麻薬効果に毒されてしまった今日の日本人に、果たして思想なき自律への回帰が可能かどうか。日本人が過去に積み上げてきたものは固有の智恵と文化と哲学であって、決して金や資産や利権の枠組ではないはず。「理想なき現実主義者」への警告を他人事として看過すれば、それこそ日本の沈滞・低迷を願う近隣諸国の思う壺でしょう。「あらたなものを獲得する視座」は、畢竟みずからの足元にずっと前から転がっていたのではないかと思う今日この頃です。
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