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九郎判官・駒繋ぎの櫻

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時は元暦二年(1185)十一月。以前より兄・頼朝の勘気を蒙っていた義経は、信じていた朝廷からも追討命令の院宣を下され、郎党並びに愛妾・静御前と共に吉野へと落ち延びます。が、静は追っ手に捕らえられて離れ離れとなり、義経一行は東山道を北陸路へと辿り、艱難辛苦の末に海路奥州平泉へと逃げてゆく。

追われる身となった義経が山深い木曾は阿智の集落に立ち寄った際、愛馬を繋いだと云われる櫻が今は「駒繋ぎの櫻」と呼ばれるエドヒガンザクラで、彼の地ではペリー来航の際に植樹されたと云われる「黒船櫻」と共に広く名の知られた銘櫻木ですが、何故か噺はこれだけで終わりませんで、囚われた静御前はその後同じ白拍子の仲間の手引きで吉野を抜け出し、義経の後を追って信州・美麻村までようやく辿り着いた。

地図もコンパスもない時代ですから静は道案内の老人にすべてを委ねていたのですが、静の言う「奥州」を案内人は美麻村の「大塩」と聞き違えていたらしく、それを知った静はついに精も魂も尽き果て、此処にて今生の別れとばかりに旅を共にして来た杖を大地に突き刺したところ、その杖の先から小さな蕾が現れて見る間に櫻の大木へと変じ、静は咲き誇る櫻の下で義経一行の無事を祈願しながら息絶えたと申します。


九郎判官・駒繋ぎの櫻

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涙腺子画像 投稿者:
涙腺子
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  • 2007/04/03更新
  • 2007/04/03登録
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