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ビッグバンウチュウロン

ビッグバン宇宙論

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去年、文庫版で読んだ「フェルマーの最終定理」がすごく良かったので、同じくサイモン・シンの去年の初夏に出た本「ビッグバン宇宙論」を読んだ。ビッグバンについてはいろいろ噂は聞いていたけれど、要するにそれが何かって言うことをほとんど知らなかったので入門書のつもりで読んだ。

宇宙論というのは、ビッグバンであろうと定常宇宙論であろうと、ガモフとかホーキングとかの学者が頭の中でいろいろ空想して仮説として組み立てているだけのものと思ったらとんでもなかった。我々人類が、遙か紀元前からあらゆる物理学の理論と観察を集積した結果、出してきた結論だったのだ。宗教的迫害があったにもかかわらず。そしてビッグバンに至る系譜にはギリシャの科学者からコペルニクス、ケプラー、ガリレオ、アインシュタイン等々の苦闘がその背景に存在する。

そういえば昔、「我々人類は、宇宙を含む自然がどのような存在であるのか、どのような存在の仕方をしているのかを自然自体が知るために、この宇宙に必然として生み出した自己認識のための装置なのだ」というような話を誰かが言っているのを聞いたけれど、それももっともだという気がする。

「我々が生きるために、十億、百億、それどころか千億の星が死んでいる。われわれの血の中の鉄、骨の中のカルシウム、呼吸をするたびに肺に満ちる酸素-すべては地球が生まれるずっと前に死んだ星たちの炉で作られたものだ」。
これはこの本の中で引用されている書物の中の一文だが、いちばん印象に残ったフレーズだ。(「ビッグバン宇宙論」のいろんな人の感想文を読んだけれど、ここに惹かれる人が割と多いような気がした)

今日、桜の花が散っている姿を見ながら、ああ、寂しいけどきれいだな、と感じたこの感情は、百数十億年前に何もないところにビッグバンが起き、はじめの無数の星が生まれ、それが死の課程で強烈な圧縮の結果、融合してさまざまな元素を創りだし、それが爆発してその元素が飛び散り、その元素を元にまた新たな星が無数に生まれ、そしてその星が死ぬ課程でまた新たな元素を生み出し、ということを繰り返してやっと太陽やらこの地球が生まれたようなのだけれど、そうした元素の集合としてなんらかの必然か偶然で生命が生まれ、つい最近我々人類が生み出され、20世紀になって僕が生まれ、その延々たる星達の宇宙の旅の結果として生まれた感情なのだなぁ、と思うと、なんだかうれしいような切ないような気分になってくる。

僕という人間の祖先は、遙か数十億年前、百億年前に宇宙に生きていた星達であり、僕のこの体や感情は、その星達が創りだした元素から生まれている。

ビッグバン宇宙論

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Bash

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