S・フロイト「快感原則の彼岸」
「快感原則の彼岸」 精神分析学者S・フロイトによって、第一次大戦後の1920年に書かれた論文。ちくま学芸文庫「自我論集 」(S・フロイト)
フロイトは、第一次戦争大戦後、患者の戦場から帰還してきた兵士達から、繰り返される悪夢の話を聞いていた。夢の中で繰り返される戦場の悪夢によって、フロイトは自分が以前最初の著書「夢分析」でとなえた、「夢は願望充達である」というテーゼが覆されるのではないかという恐れを感じる。
フロイトは自分の論の根幹を激しく揺さぶられつつ、新たな思考のモデルを迂回しつつ徐々に組み立てていく。 フロイトは「夢は願望充達」であるというテーゼを決して捨てようとはせず、あくまでもまもりぬこうとする。その結果、戦場で死を前に、強烈なストレスの下に曝された兵士達は、戦場の辛い体験を夢で繰り返すことで何らかの欲望を充達させているのだという恐るべき考えにフロイトはたどり着く。
もともと願望充達へと至るラインを引く「快感原則」とは何か?それは通常快感という言葉からイメージされるような刺激に満ちた楽しいものではない。「快感原則」とは、フロイトによれば、まず恒常性に基づく原則であり、常に一定の状態を保とうとする動きであり、緊張感の緩和を意味する。しかし、もともと生きているものは常に緊張に取り囲まれている。もし、快感原則がなにかの目的に向っているとすれば、それは死ではないか?このことから、「快感原則の彼岸」へと到達しようという究極の欲望、「死の欲動」(タナトス)という概念と、それに対立する「生の欲動」(エロス)という新たな思考装置がフロイトによってつくり出される。
しかし、この二つの欲動はその成り立ちから言っても単純に二項対立的に処理されるようなものではない。「生の欲動」は、究極的な目標である「死の欲動」に組み込まれた安全装置に過ぎないのではないだろうか?この論文以降のフロイトの書く論文は、やがて破滅に至る人類の未来を予見するような非常に鬱々としたものとなっていく。
また、死の経験を繰り返すということから、フロイトは自分の孫がする糸巻きを放りなげる遊びを思いだす。フロイトの娘が留守中に、まだ言葉の話せない孫のエルネストは、糸巻きを投げたり引き戻したりして繰り返し飽きることなく遊んでいる。フロイトはこの遊びに不吉なものを覚えた。
エルネストは糸巻きを放り投げながら「Fort(いないいない)」という声を上げ、「Da(いた)」という声で糸巻きを引き戻す。フロイトはこの行為を分析し、もともとは母の不在を受動的に受け止めていた幼児が、母を糸巻きに象徴化し、母を糸巻きを放り投げるという行為で放逐し、糸巻きを引き戻すことで母が現れた喜びを繰り返し再現する。この行為は、象徴的に母を殺し、再現する。観察により、引き戻す時よりも放り投げる時の喜びが大きいことをフロイトは発見する。後年、フロイトの娘は、若くして子供を残してなくなるが、フロイトはこの孫にあまり親しみを持つことが出来なかったといわれる。
そして、この「Fort Da」は幼児がはじめて話した言葉であり、人間にとっての言葉の獲得とは生の現実を象徴化することである。それは対象を殺すことなのである。人間にとって言葉と死は分かちがたく結びついている。
「快感原則の彼岸」という論文はさまざまな錯綜した論を含み非常に難解で読み解くことが困難ですが、自分に重要なところだけ大雑把に解釈するとこうなります。「夢は願望充達」であるというテーゼを単に放棄すればよいのでは?という疑問が読むたびに残りますが、正しいか、正しくはないかを別に非常に興味深く魅力的な論文だと思います。しかし、私の場合ラカンの解釈のバイアスがかかってますし、ニュートラルな解釈とはいえません。また、再読したら違うかもしれません。
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