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オイランアゲマキソバ

花巻蕎麦

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名月や まづ蓋とって そばを嗅ぐ
                芭蕉

***

「ところでご隠居」
「こりゃまた藪から棒にナンでございましょ」
「花巻蕎麦ってのをご存知で」
「あ~た アタクシを莫迦にしてるン」
「いえいえ 滅相もございません」
「あれでしょ 浅草海苔が乗っかってる奴」
「ええ それなんですがね」
「何か拙に訊きたいことでもあると」
「あれって ナンで花巻ってんですかねぇ」
「んなのは日本の常識 世界の非常識」
「浅草海苔を磯の花と言ったからってのは知ってるんですけど ホントにそうかなと思って」
「ドキッ」
「海苔を花までは解るん でも巻が解らない」
「ふむふむ ナンだそんなことですか」
「また何か思いついたんでしょ」
「とんでもない 花巻でしょ 知ってますよ」
「だったら おせ~て」
「よろしゅうございます 教えましょ」
「よッ 待ってました」
「余計な合いの手は無用です」
「では粛々と」
「そもそも花巻が花巻となったのは歌舞伎十八番・助六由縁江戸櫻が始まりで 磯の花とはまったく無関係なのである」
「おやま それは初耳ですね」
「いいから 黙って聞きなさい」
「んで?」
「この芝居に出てくるのが主人公の花川戸助六と花魁の揚巻で 二人は情夫と愛人の関係じゃ」
「花魁の揚巻の名を採って そこから生まれたのが油揚げの稲荷寿司と海苔巻を使った助六弁当です」
「どしてあ~た 人の噺を横取りするん」
「スミマセン」
「素人はこれだからいかん 普通はそうだが花巻蕎麦も実は此処から生まれたと識っているのは 日本広しと雖も拙くらいなもので」
「それから?」
「つまり 花魁の花と揚巻の巻を採って花巻じゃ」
「うっそだぁ」
「あ~りゃ~りゃ こ~りゃ~りゃ あ~たねぇ 拙を莫迦にしてるん?」
「だって」
「伊達も島津もありません」
「そう言えば ご隠居は旗本のご出身でしたね」
「外様は嫌いです」
「・・・花巻蕎麦の方は?」
「そうでした そうでした」
「花魁の揚巻で花巻とかって」
「つまりです 花魁と云えば吉原で 客待ちしていた揚巻は情夫の助六が来るのをずっと待っていた ところが助六は当時日本で一番もてた色男ですから いくら待ってもお声が掛からない 待ちくたびれた揚巻は小腹が空いて蕎麦屋に出前を頼んだ」
「実に強引な牽強付会ですが」
「で ちょうど食べようとしたところに運悪く助六がやって来て 驚いた揚巻は咄嗟に出汁の香りを消そうと浅草海苔を蕎麦の上に散らし ついでに山葵も乗っけて木蓋をするん」
「おやまあ 忙しいこって」
「助六は手土産に稲荷寿司と海苔巻きを持って来てたんで二人で仲良く食べ始めた ところが鼻の利く助六は揚巻が頼んだ蕎麦を見逃さなかったんで あれはナンだと蓋を取ってみるってぇと 絵にも描けない美しさ」
「まるで龍宮城だね」
「これは美味そうだってんで 手土産は揚巻に任せ 自分は一人で蕎麦を平らげた」
「揚巻は怒ったんでしょうね 横取りされて」
「とんでもない 掛蕎麦の匂い消しに海苔と山葵を放り込んだんで 美味しいはずがないと思ってたのに 惚れた男が夢中になって蕎麦を手繰ってる これぞ怪我の功名だてんで大いに喜んだ」
「そんなもんですか」
「助六はいっぺんで気に入って これを『花魁揚巻蕎麦』と名づけて 江戸中の蕎麦屋に広めた」
「如何にもご隠居らしいデッチ上げで」
「バカモン 極めて信憑性の高い論理的推測だ」
「妄想的状況証拠の羅列に過ぎないと思われ」
「あッ まだボクの言うこと信じないの?」
「訊いたアタクシが間違っておりました」
「揚巻の方は助六が自分の名前に因んだ稲荷寿司と海苔巻きを持って来てくれたんで 以来これを助六寿司と呼んでこよなく愛した つまり互いに惚れた相手の名を付けたんで 好物と云うのは此処から来ている」
「そのうち墓穴を掘りまっせ」
「るさいねぇまったく 江戸名物は喧嘩に啖呵 男は度胸で女は愛嬌 粋と気風に寿司と蕎麦って 昔っから決まってるんです」

花巻蕎麦

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涙腺子

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