鉄魚
尾花沢から宮城に抜ける中羽前街道を行くと、国境に鍋越峠が在る。その峠を少し下ったから処から川筋に沿って三時間ほど山を遡ると、雑木林の暗闇の上にぽっかりと穴が開き、ようやく魚取沼(ゆとりぬま)が現れる。
この沼にだけ棲息する鉄魚はギンブナが突然変異したものらしいが、個体数は数百匹程度で絶滅が危惧されており、この魚とそれを生かし育てて来た沼の周辺は国の天然記念物に指定されている。
***
「涙ちゃん。あの黒いのは何です?」
「去年生まれたフナの子供ですね」
「それにしちゃあチョイと鰭が長いな」
「あいつら朱文金とできちゃったみたいで」
「フナと金魚の混血ですか」
「もともと金魚もフナですからね」
「それにしても随分とこさえたな」
「目見当でも五六十はおりましょうか」
「どうだい。十匹ほど貰えないかね」
「よござんす。どうぞお持ちください」
***
ご隠居はギンブナと朱文金との混血を庭の池に放ち、田圃で涌いたミジンコを汲み取ってはせっせと配給してやったそうで、彼らは得たりとばかりにずんずん大きくなった。
「涙ちゃん。あれはどうも鉄魚だな」
暫くして訪ね来たご隠居は開口一番そう言った。
「ナンですそれは」
寡聞にして鉄魚なる生物を知らなかった。
ご隠居は嘗て魚取沼まで足を運んだことがあり、前掲の文章はご隠居からの受け売りである。
「時折ああいうのが出るだよ」
「へ~。そうですか」
「宮城の鉄魚は天然記念物だが、君のは良く似た偽ブランドだと思えばよろしい」
「悪うございましたね、偽ブランドで」
「まァ しかし あれだな」
ご隠居に言わせると即座に鉄魚と見分けがつく者は専門家でも殆どいないらしく、最終的には遺伝子を分析してみないと、どれが元祖本家でどれが成り上がりの偽り者であるか識別できないのだそうだ。
「ところで、そんなに大きくしてどうするんです?」
ご隠居はにやりと笑った。
「なんでも試してみるもんだで」
彼が鮒鮨をこよなく愛することに後で気づいた。
- 2007/06/22更新
- 2007/06/22登録
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コメント (5)
2007/06/22
セロリ 鉄魚 初めて知りました。 27年生きてきたけど、世の中しらないことだらけ。生物、植物、見るたんびに、自分も仲間になりたいと、夢見てしまう。自然と共に生きる、ここに自分は眼を向けたいと思うようになりました。
鉄魚、すばらしい。
涙腺子 鉄(くろがね)色に輝く地肌・鱗を観ておりますと、下手な金魚など及びもしない美しさですね(笑)
2007/06/23
grover して、ご隠居はすでに試されたんでしょうか?水の中では、「フナウタ」が合掌、いや合唱されてそうですね。うまかったのかなぁ。いや、失礼!
涙腺子 おそらく仕込が終るのは早くても再来年の冬でしょうが、その節は「信州松本蟻ヶ崎名物・鉄魚もどきの鮒鮨もどき寿司」を是非ご賞味ください(笑)
grover むふふ
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