ナイト・オン・ザ・プラネット
ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ・・・同じひとつの夜を舞台に、それぞれの都市を走るタクシー運転手とお客のやりとりをオムニバスで繋げた物語。
この狭い車内でくりひろげられるやりとりにちゃんと、その都市の特色が出ていて、しかも味があって、いい映画です。
たとえば最初のロサンゼルスのエピソード。
ウィノナ・ライダー演じる整備士志望のドライバーと、映画ビジネスで成功しているらしいキャリアウーマン役のジーナ・ローランズの掛け合いで、短いドライブの間にウィノナの素質に目をつけたジーナがタクシーを降りがてら、ウィノナを女優にスカウトするのですが、あっさり断わられてしまいます。
ま、ウィノナの夢は整備士だからなんですが、そのときの答え方がすてきだったのです。
「自分は、自分の人生にプランを持っていて、それは整備士になることで、そこに近づいているから。そのとおり進んでいるから。」
・・・だいたいそんな趣旨でした。
で、客のいうとおりにしか進めないタクシードライバーだけど、自分の生きたいように人生を進んでいるウィノナの自由さに、ドライブ中ずっと携帯電話に拘束されていたジーナはハッとして、で、苦笑するのです。ここもかっこよかったなぁ・・・ジーナ・ローランズ。彼女の代表作である「グロリア」を見たくなりました。
次のニューヨーク篇は、陽気で面倒見のよい黒人の兄ちゃんと、ヨーロッパ移民で元道化師のおじさんとのやりとりなんだけど、おじさん、ニューヨークでタクシー運転手なんてやってけるのかい?ってくらい、危なっかしい運転と人の良さで、兄ちゃんをハラハラさせます。
釣り銭の確認をしろよ、という兄ちゃんの忠告にも、「お金より大事なものがある」なんて答えて、道化時代のスポンジの赤鼻をつけて機嫌良く兄ちゃんと別れたはいいものの、帰りに危険な下町に迷い込んでしまいます。
で、車窓に流れる物騒な風景に「ニューヨークか・・・」とため息ともつかないつぶやきを残して、赤鼻を外すこの場面!まさに道化です。道化の語源はここからきている、というくらいに、間がヌけていて、哀しいのだ。
次のパリ篇は盲目の娼婦であるベアトリス・ダルが、目以外の五官でこの世を味わっている、その味わい方が、わたしにとっては”パリ”でした。不機嫌な移民の黒人青年ドライバーには、彼女の言う映画の楽しみ方も男の愛し方もさっぱり理解できず、盲目で娼婦ってことで哀れんだりするのですが、そういう彼のエスプリのなさをピシャリ、と撥ねつけるところも”パリ”でした。(で、実際彼よりもはっきりとまわりが見えているんですもの。)
イタリア篇は心臓の悪い神父さんに、これまたおもしろすぎて心臓に悪い懺悔をするロベルト・ベ二ーニに大笑いでした。イタリアコメディでのお坊さんの立ち位置って、敬われたり、ぞんざいだったり、スパイスのきいた素材なんだなぁとも思いました。
で、最後のヘルシンキだけ未見なのです(涙)。このヘルシンキ篇からエンディングのトム・ウェイツの歌の流れが、これまた素晴らしくよいそうなので、近いうちに見なくては・・・と思ってます。
この映画をみた直後はピンとこなくて、ヘルシンキ篇も見なくていいかなぁ・・・なんて思っていたけど、いい映画特有の深い潜行を心の中でしていたようで、最近になって場面場面がじんわり思い出されてしまい・・・困った。
- 1991年 米国
- 監督:ジム・ジャームッシュ
- 出演:ジーナ・ローランズ、ウィノナ・ライダー、ベアトリス・ダル、ロージー・ペレス、ロベルト・ベニーニ、他
- 2007/08/24登録
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