「デス・プルーフ in グラインドハウス」(クエンティン・タランティーノ監督)
とうてい傑作には見えないがしかし実はとてもよく出来た傑作。まったく危険な作品ではないがしかし実はなかなか過激な作品。
タランティーノがはじめて「彼らしい」傑作を撮った。素直に祝福しよう。
タランテイーの最大の美徳は七十年代のでき損ない映画への過剰な執着を持ち続けていることであり(彼はそこででしか出会えないなにかにそのとき出会ったということなのだろう、しかし一体何に?)しかし同時にそのタランティーノの決定的な弱さとはその出会ったなにかを(執着するでき損ない映画群を)どのように作家として処理してよいのかがまったく見当もつかぬままでいたということである。つまり彼はいつもまったくの手探りで作品を作る他なかったのである(しかし彼が自らの内面や衝動に容易に根拠をおくことをせずそしてだからこそ迷い続けていたということとは言い換えるならばあくまでも言語の唯物論性にこだわり続けたがゆえに迷い続けたということでありそしてそれはいうまでもなく彼の知性の現れなのだからむしろその迷っていることそのこと自体は彼の作家的美徳ではあったのだ)したがってタランティーノの作品には常に興味を持たないわけにはいかないが(それに惹かれるべき魅力は満載だが)しかしまた同時に欠点も満載であるという(粗を探せばきりがないという)そんな実に微妙なものであり続けるほかなかったのである。しかし「デスプルーフ」にはそんな彼の「とても真剣」な試行錯誤のひとつの成果が見て取れるのだ。
とうとうやったなタランテイーノ君。褒めて上げよう。
あまり語られてはいないと思うがヴインディーゼル主演の「トリプルX」という映画は実は傑作なのだ。わたしも褒める機会を逃してしまったのでここで改めて「トリプルX」は傑作だと宣言しておこう。
というのもタランティーノの「デスプルーフ」でも「トリプルX」と同じ手法が使われているのだ。そしてそれが(それだけではないけど)成功の秘訣でもあったのだ。
「デス・プルーフ」とはカーチェイスの映画なのだがしかもCGなしのすべてスタントマンによるカーアクションであるということがこの映画の売りのひとつですらあるのだがしかしスタントマンによる見事なカーチェイス/カーアクションは実はやや気の毒な捉えられ方をされかねないのである。なぜならスタントマンが自らの体を張って見事なスーパーテクニックによって見事なカーアクションすればするほどにしかしそれはある種の「リアリズム理論」によって見られたのならばあまり「ほんとうらしくない」と言われかねないからである。つまりほんとうの生身を張った本物のハイテクニックの華麗なカーアクションがしかしそれが華麗であればあるほどに結果として「ほんとうらしくない」と言われあげく「B級映画」扱いされてしまいかねないのである。しかしそれはやはりどこかしら理不尽と言う他ないだろう。なぜならある種のリアリズム理論から見ればたしかに「ほんとうらしくない」かも知れないがしかし華麗なカーアクションのその画面においては確かにハラハラドキドキの生々しい緊張感が漲ってはいるしそしてそれは間違いなくリアルな緊張感であるししかもそれは一流のスーパーテクニックによるものですらあるのだからそれを「ほんとうらしくない」「B級映画」として容易に片づけてしてしまうことはやはり納得出来ない、と、どうやらタランティーノは、こだわり続けていた、ということらしいのだ。映像とはたしかに「現実の反映」ではあるがしかし同時に「反映の現実」でもあると言ったのはジャン・リュック・ゴダールだがつまり(ゴダールのその理論に合わせて分類するならば)華麗なカーアクションは「現実の反映」としては確かに「ほんとうらしくない」けどしかし「反映の現実」として見たのならばそこには生々しい緊張感が漲ってはいるということになるだろう。たしかに映画は「現実の反映」であることを止めることはありえないがしかし「現実の反映」であるということ以上にその画面が「反映の現実」であるということに重きを置くことによって映画のモダニズムは始まったのでありしかしだとするならば映画のモダニティーが一般化したいまこそことによったらお馬鹿映画の生々しさは(反映の現実としてのカーアクションの緊張感は)あらたな位置を映画の現在において確立可能かもしれないということがおそらくはタランティーノの「見込み」なのだろう。しかしタランテイーノのこだわりとしてはあくまでも「お馬鹿映画」は「お馬鹿映画」のままで復活させたいということであろうし(おお!)それはだから考えようによってはとてもラディカルな(無駄に難しい)課題でもあってだからけっこうやっかいなことに彼は挑戦しつづけていたのだがしかしその難しさをクリアーするための方法は実は意外と簡単であったというのがこの映画において言えることなのである、つまりタランテイーノがこの映画で採った大胆かつ馬鹿馬鹿しくしかも正確無比な方法とは「ならば主人公をはじめからスタントマンにしてしまえばよろしい」ということだったのである(おおお!)。たしかにカーアクションが「反映の現実」としては生々しいもののしかし「現実の反映」としてはどうしても「ほんとうらしくない」というのならばはじめからその物語設定においてあらかじめ主人公がスタントマンならば「現実の反映」としても「ほんとうらしい」と言い得るししかも主人公がスタントマンのアクション映画とはいかに過剰なまでにご都合主義的でいかにも「お馬鹿」っぽくてこれならばタランティーノ好みのB級映画のボキャブラリーをそのままB級のままで使用可能となるであろう、と、これがタランテイーノがデスプルーフで用いた方法なのである。そしてこの方法こそが「デスプルーフ」と「トリプルX」の共通点なのである(「トリプルX」において主人公を演じるヴィン・ディーゼルの役も実はスタントマンなのだ)。「デスプルーフ」は前半と後半に分けられた構成となっていて前半はまさにかつての七十年代B級映画への愛情たっぷりな反復となっているがただしやはりそれがたんなる焼き直しとしての反復ではない現代における新たなる反復と感じられるのは主人公である「殺人鬼」の男を「元スタントマン」と設定しているそのご都合主義が有効に機能しているからこそであろうけれどしかしそれでも映画の前半は「現実の反映」というリアリティーに軸足を置いた作り(例えば女の子たちが惨殺されるシーンを生々しく描くような作り)となってはいるのである。ところが後半ではそれが反転することになるのだ。「元スタントマン」の殺人鬼はあらたな生贄となる女の子たちを捜し出すのだそうとするのだがしかも捜し出したその女の子たちとの間で見事なカーチェイスすらなしてしまうのだがところが驚くべきことにあらたな生贄として殺人鬼に見出された女の子は実は「現役のスタントマン」という役柄なのである(おおお!)そして実際に彼女はどうやらスタントマンであるらしいのだ(おおおお!)。そしてこの映画を見た人はすぐに気付くことだだけど女の子たちと殺人鬼による車と車の「追いかけっこ」はしかし実は「女の子」たちの車が走り続けなければならない理由はさしてなくあるいはすくなくとも一旦止まったほうが確実に自体は好転するはずなのにそして止まろうとおもえば止まれるはずなのにしかしまったく止まろうとせず彼女たちはまるで自らを追い詰めるように延々と車を走らせつづけるのだかしかしこれはタランティーノによるシナリオ的欠陥などではまったくなくてむしろ逆にここまで映画を演出的腕力によって導いてくることによってもって「現実の反映」としてのリアリズムを自然と消失させることに成功しているとみなすべきであり(気付いたら「現実の反映」というリアリズムが消えていたのだ)そしてただその結果として「反映の現実」としての画面的ダイナミズムだけが露呈し始めつまりやけに純化された(物語的に脱色された)純粋カーチェイスが気付いたらここでは繰り広げられていたということになるのである。したがってこのカーチェイスは当然ハラハラドキドキでもあるのだけれどしかし同時にとても明るく楽しく笑えるものとすらなっているのだ。エロい女の子たちが(女同士でエロ話ばかりしている女の子たちが)明るく元気よく殺人鬼を取っちめてしまうという荒唐無稽な楽しさは(その画面の連なりは)実は(そうとは見えないけれど)おどろくほど映画の最前線に踏み込んでいるのである。よくぞやったタランティーノ君。褒めて上げよう。いかにも馬鹿っぽいアメリカ映画の現場から現れたこの「デスプルーフ」という映画は(あるいは「トリプルX」は)実はゴダールの問題へとひそかに発せられたひとつの回答として位置づけ可能であるししかもその作品の内実がお馬鹿映画の体裁をまったく狂わせていないというところがなんともすばらしくしたがってそういう意味で「デスプルーフ」(あるいは「トリプルX」)こそが(無駄に)ラディカルで(無駄に)難解な前衛映画というべき作品なのかもしれない。素直にエールを送ろう。
- 2007/09/24更新
- 2007/09/24登録
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デス・プルーフ in グラインドハウス
- 極私的、格付け!映画ガイド | Tracked: 08.8.22 9:11 pm
女の子同士のひたすら長い会話が面白かったです。(^_^;) なかなか事件が起きないのですが、退屈な事は有りません。 デス・プルーフ監督:クエンティン・タランティーノ出演:クエンティ...
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