石上純也
ここ十年ほどだろうか、建築界では、建築のその建築らしさを最大限消し去ろうという方向性が、ひとつの主流となっていて、だからレム・クールハースも、SANAAも、そしてフランク・O・ゲーリーも、それぞれの個性や方法を超えて、建築の消去というコンセプトにおいては、共通していると言えるだろう。そしてSANAAの元所員、石上純也は、建築の消去というモードの、行き得るギリギリのところにまで踏み込もうとしつつある若き建築家である。未だ実作はないにもかかわらず、すでに、若き建築学生たちにとっては、石上純也は、あこがれの的となっているらしい。たしかにとても新鮮ではある。「外部と内部」「非物質性」「狭さと広さ」「大きいテーブル」、という四つのキーワードによって集約しつつ、彼の建築コンセプトを、考えることは、可能なのではないだろうか。
<外部と内部>
華麗に物質を操り、理想の内部を練り上げる、という建築イメージとは、石上純也が抱く建築イメージは、まったく隔たっているし、あるいは、内部と外部を、上手に組み合わせるという、いかにも優等生的な、斬新な方法が、石上のスケッチに、読まれ得る、というわけでもない。石上の関心は、常に、外部空間にあるのだが、しかしそれは、内部の外としての外部ではなく(内部に従属し、内部を活性化させる外部ではなくて)、むしろ内部を包み込み、内部に先行する、絶対的な位相としての、外部なのである。だから石上においては、「内部と外部」というよりも、「外部と内部」と言うことのほうが、おそらく正しいと言うべきだろう。非人間的な、自然そのものである外部を、物質によって遮断し、人が住み得る、文化的内部空間を作るための、建築術、ということではなくて、むしろ反対に、より生に近い形で、外部を、生活の場として、ギリギリ間近にまで、引き寄せるための建築術、それが石上においての、建築術の、駆使し方なのである。
<狭さと広さ>
したがって石上が描くスケッチの、その住空間において、より広い外部と、必要最小限の広さの内部という、組み合わせが、顕著に見られることになる。「長屋の小さな庭」というプランにおいては、半外部たるガラスに囲まれた「庭」で生活のほとんどがなされるという、いわば「外部」が主であり、内部が従であるような、完全にひっくり返った、建築イメージが、描かれている。
あるいは「森と別荘のある家」というプランでは、六畳ほどの広さの部屋を、(エレベーターなしで)十一層重ねるという、あまりにも大胆なアイデアを描き、「日常生活は下のほうで完結し」「気が向いたら、昇りたいところまで登る」、と、石上はその自作について説明している。つまりそれは「上の階は、たまに行く別荘みたいな感じ」ということであり、だから「森と別荘のある家」というプランでは、不自然なまでに高過ぎることによって、その内部(上の階)すら、外部的なもの(別荘みたいな感じ)ということになっているのである。むろん六畳間程度の広さの部屋を、ただ重ねるだけなので、建物の面積は、必要最小限に、おさえられてもいて、したがって外部空間(庭)は、最大限に広い場所として残される、ということにもなる。「自分の家の庭に、大きなイチョウの木やケヤキの木があるのはきっと気持ちいい。大木をたくさん植えるためになるべく小さなプランで、なるべく高い家にした」「上のほうの階には、植物のあるバルコニーや書斎、すごく天井が高くて見晴らしのいいもう一つの風呂や寝室がある。大木をいろんな高さで眺めて暮らす。」外部を、外部のままで、しかしぎりぎりまで、内的なものに変換する、そのための特異な方法が、このプランには、読み取ることができるのである。
<大きいテーブル>
そのように考えると、石上純也がこだわる、「大きいテーブル」が意味するところも、おのずと見えてくるだろう。彼が、キリンアートプロジェクト2005に出品した、「table」という作品では、「小さい建築を作るように、大きいテーブルを作った。」、と、説明している。つまりこの説明は、大きいテーブルとは、内部に仮設された、外部である、ということとして、読まれるべきなのだ。なぜなら大きいテーブルの(大き過ぎるテーブルの)、その中央とは、人によってでは、手の届かすことができない、「向こう側」であり、そしてその上には、さまざまな生活用品・観葉植物などが、たくさん並べられているのであり、したがって、そのテーブルの上とは、人が踏みいることのできない/直接関わることのできない、外的な生活圏であり、だからそれこそ、十一階の部屋から眺められた、自邸の庭のように、ギリギリに内的となった外部として、この大き過ぎるテーブルは、部屋の中に、存在しているのであり、したがって、内化された庭が、住空間であるのと同様に、外化された大きいテーブルも、ひとつの「小さな家」として(石上的脈絡においては)読み得る、ということなのである。しかしテーブルの上という外部とは、庭を内化するのとは反対に、内部を(テーブルの中央という内部を)外化しているのであって、だからこのふたつの手法は、まったく対照的ではあるけれど、しかしぎりぎり間近にまで引き寄せられけた外部を創ろうとしているという点では、どちらともに、同一である、とは、いえるのである。
<非物質性>
内化された外部、もしくは外化された内部こそが、石上にとっての建築だとするならば、内部と外部の区切りを、ひたすら明解にしてしまう、豊かな物質性は、石上にとっては、方法的に、邪魔となる他ないだろう。たしかに、十一階からみられた、家の庭は、その建物の物質性が、豊かであろうと、ストイックであろうとも、距離そのもの/見晴らしそのものは、変わりはしないが、しかし問題は、見晴らしそのものだけではなくて、その内部と外部との、関係性の、その質こそが、ことの本質にほかならないのである。内部が、内部として、極度に安定的に在ってはならず、むしろそこは、かろうじて、内部である、という危うい内部として、広い庭と、関わることが、石上のプランの本質となっているのである。だからたとえば、「森と別荘のある家」の、その内部を、上下に貫いている、十一階まで続く階段は、狭い六畳程度の部屋に、存在してしまう、外部的なものとして(やや邪魔なものとして)、内部に在り、だからそのワンフロアーごとの、その空間は、階段という外部に浸食された、それだけでも、危うい内部となっているのであり、そして外と内を隔てる、その物質性も、極めてミニマム形であり、そしておそらくは、その外皮は、なるべく薄く、なるべく軽やかなものが、ここでは、イメージされているのだろう(と、思われる)。つまり「森と別荘のある家」の、生活し得る場は、内なる外部(階段)と、外なる内部(広い庭)と、その間に挟まれ、しかもそのどちらともに対しても、危うく関わる、ギリギリの生き得る場、と、なっているのである。
<ホームレス的、超ホーム>
以上の四つのキーワードから、見えてくるのは、ホームレス的とも言うべき、外部にギリギリまでさらされた、(段ボールという素材や、橋の下という位相によって、かろうじて作られているような)ギリギリの生き得る場、という空間イメージである。つまり石上純也が、提出する、その建築イメージの、その空間的位相は、きわめて貧相な、ホームレス的なものとなっているし、そしてそれこそが、石上純也によって、(方法的に)意図されてはいるのである、しかし一方、(貧相でしかない、その「空間的位相」とは、別次元の)「時間的ダイナミズム」という側面からみてみると、それは、ホームレス的というよりも、むしろ超ホーム的な、つまり家という機能性をはるから逸脱した、過剰な「時間的ダイナミズム」が、石上純也によっては、意図されてもいるのである(なるべく高く伸びようとするとする軸と、なるべく外部を、広げようとする指向性において、時間的ダイナミズムは、一個の住宅において、きわめて、超ホーム的となっているのである)。内化された外部にせよ、あるいは外化された内部にせよ、いずれも、それらは、住人の間近に、接してある、空間的隔たりであり、だからその住人は、その隔たりを常に受け入れながら(階段の真横で、生活しながら)、あるいはその隔たりに足を踏み入れつつ(庭を散歩しつつ)、その敷地の中に、在ることになるのだが、すると「外部を内部化」したり、あるいは「内部を外部化」したりする、その方法的装置との、関わりにおいて、住人のその存在は、新たなる時空を(無限なバリエーションが可能である、その都度の、新たな時空を)、住人自身によって、作り上げている、ということになるのである。内部化された外部(庭)をあるきまわることも、あるいは、外部化されたあやうい内部にあることによっても、いずれのばあいでも、そのとき、その住人を中心として、そのときだけの、一回的な空間が、(外部化された内部、内部化された外部との、関わりおいての、一回的な時空が)、実現しているのだが、しかもそのとき、成立している一回的な時空とは、そもそも空間的位相が貧相であるだけに、敷地全体はひとつの(危ういメリハリを伴った)全体となっているがゆえに、そのときの一回的な変容は、敷地全体を巻き込む変容となっている、ということなのである。敷地を貫く時間軸において、可能となるであろう、空間様相の変容は、石上純也においては、(空間的位相の貧相さと、時間的ダイナミズムの過剰さの、その兼ね合いによって)敷地一杯に、最大限生かされている、ということなのである。たとえば町で見かける、公園や河原などで、それなりの広さの、それなりの敷地が、そこにあるはずなのに、なぜか寂れてしまっていたり、いきいきしていないという光景は、よく見かけられることではあるが、しかしそれは、空間が生きていないという現象ではあるけれど、しかし空間が生きていないのは、生きた時間が、そこには流れていないということが、原因として、生じているのである。つまり空間を生かす、時間的ダイナミズムが、その寂れた空き地では、あまりにも弱々しくなっている、ということなのである、したがっていくら空間的位相を、豊にしたところで、ひとが集まらないことには変わりは無い、ということにも、なりえるのである。つまり石上純也が、意図するところとは、時間的ダイナミズムを、敷地一杯に、機能させ、そしてその敷地のすべてを、生きた場所としてしまうということであり、だからそれこそ、自らの敷地の庭で(わざわざ)野宿してもおかしくないほどに、敷地一杯が、時間的に、生きていること、それこそが、石上の、理想とするところでなのである。「神」とか「芸術」とか「国家」とか、あるいは「家族」とか、それらもろもろのなにかしらの一般概念こそが、建築のその在り方を(デザインの質/コンセプトを)正当化するための、根拠となり続けてきたが、しかし空間的位相がきわめて貧相な、石上純也のプランにおいては、「神」も「国家」も「芸術」も、あるいは「家族」すらも、入り込む余地はなく、だから、ただただ、時間的ダイナミズムの中に漂う、その住人の、具体的な在り方のみが、石上純也の建築を、正当化する、根拠となるのであって、(なぜなら、その場に、人がいる限りで、「石上建築」は「石上建築」たりえるのであって、)、したがってそのような意味で、それこそ、デュシャンが、一個の便器を、作品として、具体的な受け手にゆだねてしまったように(署名もされていないその一個の大量生産品たる便器は、相手が、それを、作品として、受け入れた限りで、そのときはじめて作品と成るのであって)、だから石上純也も、一般概念を介することを極力避けつつ、直接的に、住人に、建築をゆだね、そしてそれが、生きられた限りで、そのときそれは、建築として在る、ということこになるのである。そしてこのことこそが、石上純也の、最終的な目論見なのである。そしてこのような意味においてこそ、石上純也の建築思想こそが、建築の消去という「ニューモード」の、極北と、位置づけられるべき、所以なのである。
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石上純也 Junya Ishigami
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1974年 神奈川県生まれ 2000年 東京藝術大学大学院修了 2000-04年 妹島和世建築設計事務所勤務 2004年 石上純也建築設計事務所設立 2005年 ミラノサローネでレク...
SANAA
- (おさぼー)
妹島和世,西沢立衛二人が1995年に共同で設立した建築事務所. 2003年の「ディオール表参道」が国内では有名. バウハウス資料館の増築 金沢21世紀現代美術館 NY「ニュー・ミュージアム...






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