ナカノシゲハルトセキハンインサツ
中野重治と石版印刷
残念ながら私は中野重治の熱心な読者ではない。彼がどういう主義主張でもってああいう文章を書いていたかよく分からない。中村とうようはボブディランのことを「音楽はすばらしいが友達になりたくないタイプ」と評していたが、中野重治のいくつかの文章を読んだかぎりそんな気がする。いや、でもときたま読むと心にしみるときがある。小林秀雄は太宰のことを「バカじゃなくてヒステリー」といっているが、中野重治の文章にもそれがあてはまるようだ。
こうやって今落ちつきはらって中野だとかシゲちゃんと呼んでいるが、本人が生きていたらわるくちを言いずらいランキングでかなり上位に踊りだすだろう。なんか毎日ネットサーフィン(個人検閲)してて直メールしてきそうな印象がある。
自分のあたまの中に「まんが日本文学史」があるとするとコマのすみのほうで愚痴をこぼしたりアワくってるのが中野重治である。そんなシゲちゃんが生前に書いたプロレタリアートに関する芸術というエッセイの以下の文章だけ印象に残っている。
*******
われわれは一歩を進めなくてはならない。われわれの絵画を成長させるために、われわれの絵画を文字どおり労働者階級のなかに持ち込む具体的方策を論じなくてはならない。問題は具体的方策そのものにかかっている。
一、作品が多量に創られること。
二、作品が最も短期間で創られること。
三、作品が最も廉価(安く)創られること。
ここにわれわれは印刷術につきあたる。
印刷術をわがものにするとき初めてわれわれは右の条件を大体において満足させうる。
だがわれわれはどの種類の印刷術に突きあたるのか。われわれの突きあたるべき印刷術の種類を決定する条件は主として次のようであろう。
一、絵画の絵画としての重要要因である色彩が制限されないこと。
二、最も単純な手続きのものであること。
三、可能ならばそれの特質そのものが絵画的に駆使されうること。
そしてわれわれは石版印刷術に突きあたる。
だがここに石版に突きあたるということは、原画が石版屋にまわされるという意味ではありえない。われわれの制作者が自分自身「石」を研ぐことが必要なのである。最後の「三」の条件はそのとき初めて生かされる。
われわれが石版術をわがものにするときわれわれの絵画が開花に向かうであろう。われわれはもはや石版屋の手で原画が骨抜かれることをおそれる必要がない。われわれはもはや石版屋の欲望に限定する必要がない。われわれはもはや一個の資本家的範疇である貨幣の前に、絵画へその表現を迫るプロレタリアートの力を押し殺す必要がない。
そのときこそ絵画がプロレタリアートそのものになりはじめる。石版術がプロレタリアートの手でよみがえる。そしてそのときわれわれは、それをわれわれがわがものとしていることのゆえに、それにむかってわれわれがただ後から歯噛みをするしかなかったところのあの検閲の専制のなかを最も敏捷に縫い走ることができる。これを圧殺しようとする官憲のいっさいの試みがただ試みであるにとどまる。
困難に堪えて石版術をわがものにする必要があり、貧窮に堪えて「石」を買う必要がある。
1928 中野重治全集より
============
ここでいわれている石版印刷術とは明治十年代に日本に仕入れられた印刷技術のことを言っているようだ。石版印刷はリトグラフとも言う。原理はみずとあぶらの反発を利用した印刷術で、原理はオフセット印刷と変わらない。印刷自体石目の荒い粒子が出るので独特の味がある。リトグラフはロートレックのポスターなどが有名だ。
http://taishindo.co.jp/sekiban/...
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/...
http://ja.wikipedia.org/wiki/リトグラフ
恐らくここで中野は石版印刷ということばで「個人での大量出版」を言い表したかったに違いない。1928年の中野重治がどういう考えをもって文章を書いていたのかはしらないが、上の物言いを読むと、検閲どうこうというよりも、万国博覧会の前で個展をひらいたクールベを思い出す。このクールベにならい、アカデミーに反抗した芸術家が徒党を組んで行ったのが有名な印象派の落選展である。個人や、ギャング(集団)が、自由な発想で芸術行為をし、大衆に知られる下地が、19世紀なかばにできてきた。
中野も最後に書いているが石は結構高いので、この技法はアルミなどを使って行われる様になった。それだってむろんタダ(フリー)ではない。ゲバルトの投石はそこらへんにある敷石を割ってはがしたり、棒は恐らく工事現場からかっさらったものだろうから、中野の発想も、もう少し実生活に根ざしたアイデアだったら、上の文章はもう少し語り継がれたものだろう。「貧窮に耐えて石を買う」じゃ、「わたしは貧乏人ですが革命的なアイデアがあるのでだれかめぐんでください」といってるようなものだ。
やがて「石」は下火になり、シルクスクリーンを使った、ウォーホルの時代が19世紀なかばにやってくる、その技法は、ピカソの「落書き」とともに、こんどは大衆ひとりひとりが「ぼくたちも芸術家になれるかもしれない」と思う時代の呼び水となってこんにちにいたる。
今日の私たちには液晶とインターネットがあるが、これにもずいぶんコストがかかっている。
- 2007/10/21更新
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2007/10/21
ロドリゲス通信 それで思い出しましたが、年金暮らししてる両親がものすごい密度で自分の体の調子について語りだすんですよね。今の老人ていうのはみんなそうだと思いますが。こういう老人力を何かに生かせないものかと考えますね。あとは孫ですね。孫。一日百円つったらうちの両親もはじめるかもしれませんな。あとはカンボジアの友人とかですかね。
島崎丈太 義父はリタイア後に私からパソコンを教えられて、自分が職業人生で研究開発した技術を時期と技術の分野のExcelマトリックスに纏め始め、気がついたら6畳間程度の大きさのものになっていました。 会社の後輩の参考にして貰いたい、とのことでした。 自分の身の回りの健康の事だけでなく、結構コンテンツを秘めた人達というのは存在すると思われるのですが、その方達に適切な出力方法が無い、というのは残念なことです。 カンボジア(発展途上国という風に括ってしまって良いのかどうか分かりませんが)等だと、$100 Laptopなんていうプロジェクトも走り出したようで、ちょっと期待しています。 ただし、濃密な人間関係で構築されていた社会に、(多分若い世代から)いきなりインターネットという世界均一な情報網を持ち込むことで、その社会がどういう影響を受けるのか、という点に関しては、私は正直不安を感じています。 文化の多様性みたいなものを失ってしまうのではないか?とも思うので、いきなり膨大な数が広くばら撒かれるのは怖いような気もします。 自分がネットの便益を享受している者が余り大声で言うべき意見では無かろうとも思うのですけれども。
ロドリゲス通信 今お話を聞いてたら、老人とカンボジアを飛行機じゃなくてインターネットでつなげばいいという気がしてきましたよ。あとインターネットカフェってのやりたいんですよね。個室のじゃなくて、喫茶店の壁一面がインターネットでつながってて、時差の問題はあるが、その店にいくとたとえばロンドンのパブと壁越しに話ができるとかね。べつに家に液晶無くてもいいと思うんですよね。じいさんとかはそっちのほうが人に聞けるしいいかもしんないし。なんかそういう良い話をきくと、俺も親父にパソコン買ってみようか、という気になりましたよ。
島崎丈太 実は私、実の両親に、数年前、ノートPCをプレゼントしました。 電子メールの見方だけを教えて、暫くの間、毎日、綺麗な写真を入れた電子メールを送っていたら、段々自分達でも書きたくなってきて、今では殆ど毎日のようにメールを呉れます。 私の兄弟も入れて、一族のメーリングリストを作って運用しているので、離れて暮らしていても近況が分かって嬉しいものですよ。 お勧めします>親にパソコン
島崎丈太 ネットのコンタクトは、飽くまで「擬似的」なものですから、直接会うことと比べれば本当に「薄い」関係でしかありません。 出来ることなら時々は親やカンボジア(?)に、直接会いに行けたら良いと思います。 そういう意味では、壁一面がディスプレーになっているパブは面白いかも知れませんが、どこにカメラの焦点を合わせるのか、どこにマイクの指向性をもってくるのか、とか、技術的には色々考えねばならない点がありそうですね。 私も約20年位前から似たようなことを考えていましたが、未だにそういうものが一般に出てこないのは不思議なことです。 新宿駅西口と、トラファルガー広場、タイムズスクェア等がそういう仕組みで結ばれたら、面白いことが起こりそうな気がするのですけれど。(どこか日本企業がスポンサーして、超高性能のビデオ会議システムを世界何箇所かの拠点で24時間運用してみたり、しませんかね?)
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