モットリコンヲ――ニコラトセシリアノオシエ
もっと離婚を――ニコラとセシリアの教え
過日のサルコジ仏大統領夫妻の離婚は、主要各紙のHPでも報じられていたが、私が見渡した範囲では、日本の主要紙では読売新聞だけが、「あなたが欧州問題に情熱を注ぐか、私の私生活に注ぐか、選ぶのは自由だが、仏国民はあなたほど関心を持っていない」の、大統領本人のコメント(EU首脳会議でリスボン滞在中の)まで載せていて、ただの芸能ニュースにしないひと振りのスパイスを、他紙にまさってニュースに加えていた。(読売はリスボンまで同行取材したパリ特派員・林路郎氏発信の記事。)
じっさい、見かけも中味もゴダールの初期映画が主題としたただの女たらしの青年のような印象しかこのニコラという名の男に抱いていなかった私は、彼がしかし、隠し子がいたって堂々と振舞ったミッテランやそれ以前の剛の者にも連なる、「仏国民」が選ぶに真にふさわしい権力者なのであることを了解しつつある。(私がヒラリー・クリントンが米大統領選民主党候補になるならぜったい共和党候補を応援しようと思うのは、モニカ・スキャンダルで晒し者になった夫の8年後にその「恥の椅子」に座ろうとする根性が度し難いと感じるからだ。)
ふさわしいといえばしかし、私はファーストレディにはふさわしくは「ない」として離婚を選んだセシリア「元」夫人の立ち居振る舞いが、この離婚劇の焦点であったことはたしかで、『ル・モンド』でも『リベラシオン』でも『フィガロ』でもない、マイナー紙『レスト・レピュブリカン』のお手柄独占インタヴューを唯一のソースにして、この点でも各紙、能のない横並びの引用記事を掲出していた。
惜しいな。単に正直というのではない――じっさい嘘も含まれるだろう――、自由とそして(時にそれとは相反もするだろう)恋愛による拘束の、ともどもを愛するこの女性のいきざまが、誠実に――くりかえすが正直にではない――語られていて、二十年ほど前にその言語を学んだきりの人間のあやふやなのではない、しっかりとした語学力による全文翻訳を読みたいと、そのオリジナルのインタヴュー記事は思わせるほどだ。たとえば――
En 2005, j'ai rencontré quelqu'un, je suis tombée amoureuse, je suis partie.
直訳すれば「2005年に、私はある男性と出会い、恋に落ち、そして別れました」となるこの一文だけでも、ことによると史上最短の恋愛物語の全文となる資格――あまりの直截性による日常性の異化(!/笑)――が、ある。ちなみにサルコジとの「復縁」は、この2005年の恋の清算のあとの、愛の努力のプロセスだったのだが、そのプロセスを終えるにあたってインタヴュー終盤で語られ、記事全文の見出しにもなっている――
Je vais vivre dans l'ombre, comme j'aime.
――は各紙、「静かに生きたい/生きたかった」と語尾の時制を微妙に選びながら伝えている部分であり、慣用句としての「vivre dans l'ombre」は、仏語がよくできる特派員諸氏の訳で合っているのだろうが、捩じれた文系人間である私などは「l'ombre」の「影/陰」のニュアンスまで出してもらえなかったものか、すこし不満に思う。(たとえば英仏ほぼ同形の「inspire(r)」を、ただふつうに「鼓舞する」と訳すか、わが師がこだわったように「ミューズが霊気を吹き込む」風のニュアンスも込めるか、のちがいだな。)
あるいは、「on (=Les Français) a élu un homme et non pas un couple(仏国民はひとりの人間を選んだのであってカップル[夫婦]を選んだわけじゃない)」も、限られた紙面でも含めてほしかった発言だが、まあ、しかし決め文句は、ここでも他紙とはちがう嗅覚で読売のが「努力したが、人には苦手なものがあることも分かってほしい」の思い切り約めた意訳で載せていた――
Je pense que les Français peuvent comprendre qu'il y a des moments dans l'existence où on va moins bien que d'autres, ces crises peuvent arriver à tout le monde.
――だろう。あえて人文系のヘタな翻訳本ならこんなふうになるのではないかという感じで訳出を試みれば、「人間なる存在には他人と同じようにはいかない諸契機(=瞬間瞬間)があって、その点は人みな同じなのである、そのことを、仏国民は理解できると私は思う」となるこの部分(ここが日本語引用箇所のソースかも含めて私は自分の仏語力におおいに疑念を抱いている; 他方、読売の林氏は相当、語学がおできになるとみえる)は、インタヴューでは、G8などの首脳外交時の行事すっぽかしの責めに答える文脈で発せられているのだが、ところがどうして、離婚そのものにも通じるし、何より人が生きていくなかで出会う諸事からの逃避への、正当きわまる言い訳とするべきである。こいつを利用して、人はもっと離婚を、もっと逃避を、企てるべきだろう。(ちなみに私は、還暦を迎えた程度で講演三昧の余生を生きているビルをヒラリーが斬る[=別れる]ならば、彼女を推してもいい[投票権はもたないけれど/笑]と思う者である。)
※ 掲出写真は、ピーター・リンドバーグ(Peter Lindbergh)撮影の、以前使っていたらしい公式ポートレイトの、もちろんネットに落ちてるやつで、サルコジ氏本人もしくは撮影者から抗議があったら即刻、削除したい。
(米国東部時間21日20時30分)
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2007/10/22
雲衣。 ご存じかも知れませんが『ル・モンド・ディプロマティーク』にこんなサルコジ関連の記事サルコジのダカールに於ける演説がありました。そーいえば、彼に言いたいギャグがあります。「日本語ではサルコジと言えば【親を喪った仔猿】か【死んだ猿】を意味します」と/笑。
anonym いやぁ、この記事のことは、知りませんでした。ほんと、思いっきり「とんでも演説」ですね(笑)。ただ、こういう時代錯誤もひっくるめて、「仏国民」は彼を大統領に選んだというべきでしょうね。「フランスのメディアは[当の記事をのぞいて]この大統領演説をほとんど報じず」ということですが、これが極東の第二次大戦敗戦国であれば、海外であれ国内においてであれ、これよりははるかに穏当な発言でも、大新聞が問題発言として炊きつけちゃうでしょう。ちなみに私、これを読んで、コジェーヴが1930年代にアメリカの消費者を指して用いたという「動物化」の語をオタクに適用した、東浩紀のネオ・アナクロニズム(テキトーな造語)のことをも思い浮かべました。(米国東部時間21日21時25分)
2007/10/23
anonym 模様替えしてから以前より存在感が薄くなった毎日jpが、この件でなかなか興味深いフォロー記事を掲出している。発信者は北海道放送(HBC)報道記者・ディレクターを経て2001年に渡仏されたという高橋真美氏。リンクは貼ったものの早晩切れるだろうから(毎日jpはこれから違うんだっけ?)、以下に少し紹介。――たとえば2005年の、あのセシリアの恋の季節に、「立ち去ろうとするセシリアさんを、サイレンを鳴らした公用車で空港まで追いかけたサルコジ氏。ニューヨークに去ってしまったセシリアさんに、毎日のように携帯メールを送り、プレゼントを贈り、愛情を示し、関係修復を試みた」(ル・モンド電子版、10月19日)だって。泣けてくるが、さらには「その翌年、元のさやにおさまった。それは大統領選の1年前であり、セシリアさんは夫が大統領になるまでが妻として自分に課せられた義務だと考えていた。「彼が野望を実現するまでは、そばにいてあげたかった。もう私は必要ない」(雑誌Elle、10月20日号)」という別の側面からの照明も。そうして記事の締めは、「離婚は非難すべき行為ではない、多くのフランス人のようにセシリアさんは言う。「離婚は、誠実な行為であって自分を責めるべきではない。非難すべきなのは、自分を偽って体裁を保とうとすること」(同上Elle)。フランスは仮面夫婦をよしとしない。セシリアさんも然り、毅然としてそれを拒否した」。よっしゃ、別れるときはフランス人になろう(笑)。(米国東部時間23日00時12分)
2008/01/15
brit あのカーラ・ブルーニと再婚したんですね…。へー。ただそれだけなんですが。
anonym 仏大統領がトップモデルと、の一般論の次元でしかニュースを見ていませんでした(ニュースもその程度の報道では?)。そうして、こんなの、日本だったら古臭い道徳論の餌食になるんだろうな、てな感じでフランス人の国民性――大統領の隠し子の発覚を何ら責めなかった過去もある――への羨望をさえ若干、抱いていたのですが、そのトップモデルを、britさんは早くも3年以上前にキーワードにしていたとは!? しかも、モデルというよりも歌手なんですね。日本だったら誰に当たる存在なのだろう。いずれにせよ、サルコジって、なかなかやりますねぇ。(米国東部時間15日00時34分)
brit ↑ちがいますー。どなたかのKWを勝手にリンクしました。すみませーん。
brit 彼女はわたしと同じ年ですね…^^トップモデルとして、数々の雑誌に登場していた人です。その頃、出版業界の片隅にいたので、よく覚えているんです。トップモデルと呼ばれる女達の中では、大人の女の温かみを感じる人だった記憶があります。(あくまでイメージですが、同性の私がそう感じました)二三年前から、また名前をみかけるようになったと思ったら、歌手としてずいぶん活躍しているようです。サルコジ氏、今見たネットニュースでは、元妻に「女好き」と評されているようですが…いい女好きなのは仕方ないのでしょうね…(苦笑)
anonym そうか、こちらこそ早合点してました(britさんはポップス系に強いという先入見もあって)。ごめんなさい。(米国東部時間15日00時45分)
anonym 「いい女好き」――至高の境地ですね(笑)。
anonym すごい! 彼女の日本語HP(これがあるだけでも自分の無知に驚いた)には、松山晋也氏による「カーラ・ブルーニの愛した男たち」というコラム・ページがあって、最新のサルコジとの件にもリードで触れながら、これから彼女の恋の遍歴を、お墨付きで語ろうとしている。「~を愛した」でなく「~の愛した」と、主格の助詞が使われているところも潔くて、いい(笑)。(米国東部時間15日01時04分)
2008/11/04
Poughkeepsie 雲衣。 さんのリンクされた記事、興味深く読みました。中東を含めアフリカのことは曽野綾子の記事でしか知りませんが、要は「『部族社会』に西欧の概念で介入するのは、愚の骨頂=無理、ちゅうか迷惑極まりない」って言ってますね。仏文化に公人のパパラッチ記事は無いって新聞などで読みますが、面白いですね。










