ウツクシイカカト
美しい踵 〔かかと〕
たとえばハイヒール・フェチがある(いる)ようにして、だれかの踵〔かかと〕に性的欲望を感じているのでは、ない。そうではなく、生まれてから現在までの46年余の人生のなかで、たぶん私の踵は、いまがいちばん美しいのである。
と、まるで踵を題材にして掌篇を立ち上げるように書いても、読みながらすぐ真横の商品写真(ネット上にあったのをもってきたのだが細長くて判りにくいな)に目がいってしまうレイアウト中では、いかにも苦しいのだが、以下、必要な迂回を端折らず記すことにしたい。
そう、それをもたないことが貧困の証であるかのようにみられるクルマ社会で、それを運転する条件が整うまでの最初の2か月(この6月のはじめまでの)はもちろん、その後ポンコツを得ておおきな買い物はそれで済ませるようになってからも、当地の皆があきれるほど、私は日々、歩きまくっている。そうすると、いきおい靴底が減り、またその減った靴底のぶんがそのまま靴のなかに移動したのではないか、と思えるくらいに、踵が厚く角質化する。いや、日本でだって日々、歩いて、踵はそれに応じた防備を厚くととのえていたのだが、長く湯船につかる習慣があると湯のなかで角質化した部分が柔らかになり、カラダを洗ったあとちょっと軽石でこするともうそれで手入れは済んでしまうところが、どうにも欧米の浴槽が肌にあわないからシャワーで基本的に済ませるようになって、手入れが行き届かなくなったのである。
ということで、あるとき私はスーパーのフットケアの巨大コーナー(こんなのにも広いスペースをとるのがアメリカ的だ)に行き、くまなく商品を見渡したあと、女性向けの棚にぶら下がっていた、Dr. Scholl's(ドクター・ショール)の「軽石」(踵けずり)に手を伸ばした。
安っぽい青のプラスチックの柄についた人工軽石は、外と内(どっちがどっち?)でゆるやかに相補的な凹凸の局面をもち、凹んだほうを踵の丸みに当てて思いきり擦るもよし、出っ張ったほうでやさしく角を擦るもよし、どっちにしても、これ一本あれば大理石の彫刻の一体もつくれてしまうのではないかと思いたくなる道具性にあふれ、ゆえに私は以後、三日にいちどはこれで踵を削り、元は私の身体の一部だった「もの」のほうは靴底のほうに戻してやるわけにもいかないので刑事モノに出てくる「白い粉」のように集められたかと思うとまもなく廃棄され、他方、削りあとには、Vaseline社製のモイスチャー・ローションを塗り込む快感に、浸っているのである。
ということで、日本のドクター・ショールの商品ラインナップには含まれないみたいなので――軽石の類は数多あるからなあ――、最終帰国時の妻ならびに女性職員(お餞別をくれた)への土産はもう、これで決定なのである。
(米国東部時間25日22時00分)
- 2007/10/26更新
- 2007/10/26登録
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