ハニヤユタカ「シレイ」
埴谷雄高『死霊』
Credo, quia absidum.
・
―おお、貴方は何を求められるんです。
―虚体です。
この科白が埴谷雄高という存在の、全てだ。
私が埴谷雄高と『死霊(しれい)』を知ったのも、偶然にもこの言葉からだった。暗い部屋でお酒を飲みながらビデオでPVを見ていた。そのテープを巻き戻そうとビデオを終了させた時、暗い画面のTVモニターから不意に、低く重々しい口調で上記の朗読が聞こえてきた。『死霊』のなかで、黙狂の友人を訪ねた三輪与志が癲狂院で岸博士にあなたの望みは何かと尋ねられ、虚体になることだと答えた。この一言が、全てだった。極端に云えば、本は読まなくてもよかったのだ。
・
「無限の先を書く」
Ich+Ich=Ich Ich-Ich=damon
sad mad glad bad… 『死霊』。それは半世紀の長きに渡って描かれた、たった3日程のごく短い出来事に浮かび上がる壮大な観念の物語。語られるのは「存在以前を含む存在の初源から無限へと広がる存在」への革命。
[時間・空間・次元/存在]を覆し見出されるべき新たな存在意識=虚体になること。それは自同律の不快「私は私である」しかない苦しみに呵まれる主人公・三輪与志の、止むにやまれぬ切実なる願いであった。
埴谷雄高、本名:般若豊
主流に反するような独特の観念、しかも形のないものに正当性・具体性・結論を与えようとする小説に挑むのはさすが埴谷雄高、尋常ではない。比較するなら例えばファンタジー小説がディテールに形を与えながらリアリティを出そうとするものであるなら、この小説は形にならない世界をそのままに迫真のリアリティで描きだす。
私=私であることの不快に常に沈欝する主人公・三輪与志に対して「じゃ、死ねよ」と思う人もいるかも知れないが、それは短慮に過ぎる。彼にとって重要なのはそこではない。生と存在を否定しているとも一見取れるが、重要なのは[観念が生死や存在や自己意思ではないあらゆる関わりを超え、自己意識で何処まで行き着けるのか]という事であるように思う。
「死からしか始められない」とした三島由紀夫に対し、埴谷雄高は「死んだフリをして生きる」ことを選んだと聞く。向こう側の視点を有して生きる事。そこから発見できるものの多さを埴谷雄高はよく知っていた。
残念な事にこの作品、未完のまま作者が没している(ちなみにワタクシ読者の為の葬儀の日、お別れに行って参りました)。しかし完結などあり得るのだろうか。埴谷雄高は結末まで考えていたようだが、本当にどこかに着地点があったのだろうか。何かの示唆ではあっても…まさか「存在への解答」ではあるまい。ともかくも、出来ることなら死ぬまで彼らの会話を聞き続けていたかった。
*以上は飽くまで私の読み取り方にしか過ぎない事を付け加えておきます。
第一巻 一章 癲狂院にて
二章 《死の理論》
三章 屋根裏部屋
第二巻 四章 霧の中で
五章 夢魔の世界
六章 《愁いの王》
第三巻 七章 《最後の審判》
八章 《月光のなかで》
九章 《虚体》論―大宇宙の夢
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参考:
松岡正剛の千夜千冊『不合理ゆえに吾信ず』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/...
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神奈川近代文学館
「無限大の宇宙埴谷雄高『死霊』展」
2007年10月6日(土)~11月25日(日)
http://www.kanabun.or.jp/te0158.html
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- 2008/10/07更新
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コメント (10)
最新コメント5件
2003/02/11
祥 書店にドッサリ...見掛けない現象です。文庫化、持ち運びには便利ですよね、どうしても。
2007/10/14
Poughkeepsie もうご存知だとは思いますが念のため・・・死霊展@神奈川近代文学館、構想メモ発見。
祥 一応、mixiのコミュにて存じておりましたが、ご連絡ありがとうございます。『死霊』展、どうまとめているのか楽しみです。
2009/05/22
もえぎ http://www.youtube.com/watch?... (21)まであるようす、、、蟹江敬三の語り、音楽はArvo Pärt のように聞こえます。この番組は観た記憶がないけれどETV特集でしょうね。
2009/05/23
祥 再放送があった時に録画しましたが「今時ビデオ?」だしさ。しかしYouTubeに出てくる時代になろうとは…感慨深い。ありがとうございます。蟹江敬三の語り、素晴らしいです。Arvo Pärtを存じませんで調べますと良いですね。こういうの好きで、すっかり気に入りました。良いものを教えて頂き感謝なり。
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