Jean Renoi
ジャン・ルノワール
フランス映画界の重鎮。パリのモンマルトルにピエール=オーギュスト・ルノワールの次男として生まれる。『ピクニック』『大いなる幻影』『河』『フレンチ・カンカン』など、人間の持つ多様性を包み込む独自の視点で、スタイルにこだわらないスケールの大きな作品を残した。後世の映画監督へ大きな影響を与え、映画表現の改革者とも位置づけられる。ヌーヴェル・ヴァーグの旗手である、ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーなどは、彼を師と仰いだ。
経歴(1894-1979)
1894年
9月15日、パリのモンマルトルで生まれる。
1897年
家政婦のガブリエルに連れられ、デパートの無料上映で、初めて映画に接する。
1915年
第一次世界大戦で脚に銃撃をうけ、生涯痛みに苦しむ。
母アリーヌ、56歳で死去。
1916年
この頃、チャーリー・チャップリンをきっかけに映画に興味を持ち始め、特にアメリカ映画に熱中する。
1919年
父ピエール=オーギュスト・ルノワール、78歳で死去。
1920年
父の最後のモデルを務めたアンドレ=マドレーヌ・ユシュラン(通称デデ、のちに女優としてカトリーヌ・ヘスリングと名乗る)と結婚。
1921年
息子のアランがコレットで生まれる。
1924年
妻を映画に出演させるため、『カトリーヌ』(監督アルベール・デュードネ)を製作。
『水の娘』(主演カトリーヌ・ヘスリング)で初監督を務める。
1926年
『女優ナナ』(主演カトリーヌ・ヘスリング)
1931年
『牝犬』
1934年
『トニ』
1936年
『ピクニック』(主演シルヴィア・バタイユ)
1937年
『大いなる幻影』
『ラ・マルセイエーズ』(主演ピエール・ルノワール)
1939年
『ゲームの規則』ジャン本人も出演する。
1940年
当時のパートナーであったディド・フレールと共に、大戦を逃れてアメリカに亡命。
1944年
ディドと結婚。
1946年
『小間使の日記』
1949年
カトリーヌ・ヘスリングとの離婚が成立。
インドで、初のカラー映画となる『河』*を撮影。
カリフォルニアに新居を建てる。新居には父の作品《狩姿のジャン》を飾り、庭にコレットのオリーブの木を植える。
1952年
兄ピエール、67歳で死去。イタリアで『黄金の馬車』を撮影。
1954年
『フレンチ・カンカン』でフランス映画に復帰。
1956年
『恋多き女』(主演イングリッド・バーグマン)
1959年
ガブリエル死去。
父が晩年を過ごしたコレットを舞台に、『草の上の昼食』を撮影。
1962年
父について語った回想録『わが父ルノワール』刊行。
1969年
弟のクロード、68歳で死去。
1975年
アカデミー賞の特別名誉賞を受賞。
1979年
2月12日、カリフォルニアの自宅にて死去。享年84歳。
父と兄が眠るフランスのエソワの墓地に埋葬される。
(C)Photo CNAC/MNAM Dist.RMN-(C)Droits réservés/distributed by DNPAC
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