浅野忠信
1973(昭和48)年11月27日、 家の2男として生まれる。
(1971年生まれの兄・久順(くじゅん)さんがいる)←この方もミュージシャン・俳優
神奈川県横浜市南区出身。
共働きだった父母は、幼い兄弟を自宅に置いたまま夜2人でディスコに行ってしまわれる様な、
ステキな方々だったそうで。
1980(昭和55)4月、小学校入学。
ケンカばっかりしていたらしい。(兄・久順さん談)
自宅隣の道場で空手を習い始める。(以降13年続けて、黒帯までいったらしい)
輸入モノのバットマンのフィギュア集めに熱中。
1985(昭和60)、母・順子さんが、自ら主催のフリーマーケットで見つけて来てくれたボロボロのエレキ・ギターでハードロックやヘビメタを演り始めた兄・久順さんの影響を受け、
自分で調達してベースを始める。
1986(昭和61)4月、中学校入学。
友達と大勢で「ゾンビ」を観たり、哀川翔のマネをしたりしていた。(「東京ゾンビ」のパブリシティインタヴュー時の本人談)
この頃、母・順子さんは古着屋さんをやってらっしゃった。
2度目の父・幸久さんが当時勤めていた俳優事務所に来た「金八先生3」のオーデションを、「お前、出てみるか?」と言われて受ける。
1988年、TBSのテレビドラマ「3年B組金八先生3」に出演。(15歳)
激しいクセ毛をドライヤーで伸ばしたり、ピアスをあけたり、の毎日。
この頃、花粉症を発症。
1989(平成元)4月、神奈川県立磯子高等学校に入学。
バンド活動を始める。
“これで最後”のつもりで
1990年、映画「バタアシ金魚」(松岡錠司監督)でスクリーンデヴュー。
映画好きの父がヤル気になってしまったため、ケンカしながら俳優を続けるハメに。
1991(平成3)、バイクチーム(YOKOHAMA OUTSIDERS)に参加。
1992年、高校を中退。
映画「青春デンデケデケデケ」 (大林宣彦監督)
この年、母・順子さんが下北沢にBARを開店
1993(平成5)、プライベート旅行でジャマイカへ。
1994(平成6)夏、映画「PiCNiC」で共演した6歳年上のCHARAと恋に落ちる。
間もなくCHARA妊娠。
1995年、CHARAと入籍。
同年、明治乳業「カフェレシオ」でCMデヴュー。
同年、長女・菫(スミレ)ちゃん誕生。
2007.9.16にOAされたCX「ボクらの時代」での
本人談によると、CHARAはすでに売れっ子だったが、
浅野さんはまだヒマで、
新居の下見にはCHARAのスタッフと2人で行かされた。
すると、ものすごい豪華なマンションだったため
当時のご自身の独り暮らしの部屋とのあまりのギャップに驚き
慌ててCHARAに電話。
浅野「なんかスゴイんだけど、このマンション!」
CHARA「スゴイんだったら、決めちゃって」。
臆することなく言い放ったCHARAの言葉に
自分はすごい女性と結婚するのだと
さらに驚いたらしい。
(いいな~フツーっぽくて)
1996年、父・幸久さんが芸能プロダクション「アノレ」を設立
もちろんそこの所属となる
同年、NHK「命捧げ候」で時代劇デヴュー。
1998(平成10)、バリ島へハネムーン旅行。
同年、映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」撮影のためタイヘ。
撮影初日に入院。
同年、マウイ島で結婚式をあげる。
ちなみにこの頃の付き人は、のちに「硫黄島からの手紙」「それでもボクはやってない」で有名になる加瀬亮くん。
1999年、映画「孔雀」(クリストファー・ドイルの初監督作品)主演。
(クリストファー・ドイルは玉子が最も好きな撮影監督。そのドイルの初監督作品で主演なんて
凄過ぎる)
同年、フジロックフェスティバルに初出演
映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」(五十嵐匠監督)主演。
映画「御法度」(大島渚監督)
長男・緋美(ヒミ)くん誕生。
2001年、映画「ELECTRIC DRAGON 80000V」(石井聰互監督)で主演とともにタイトルイラスト・ロゴデザインも手がける
同年、映画「風花」(相米慎二監督の遺作)
同年、仲間と共同でアート展をひらく
(同年、兄・久順さんは「人間の屑」に出演)
2003年、映画「座頭市」(北野武監督)
2004年、高校生の頃に観たドキュメンタリー映画
「ボブ・マーリィ/TIME WILL TELL」(デクラン・ローニー監督)
からインスパイアされた「トーリ」で初監督。
この作品がDVDリリースされた当時にアップルのサイトに
インタヴューが掲載された。
PowerBook G3の頃からのマカーらしい。
ちなみにご自身所有の最新機は「MacBook Pro 15-inch widescreen」らしい。
同年、映画「茶の味」(石井克人監督)。
映画「地球で最後のふたり」
(ペンエーグ・ラッタナルアーン監督)主演。
(ヴェネチア国際映画祭 コントロコレンテ部門主演男優賞)
同年、家を買う。
映画「珈琲時光」(ホウ・シャオシェン監督)
2005年、「自分の欲しい服をただ好きに作ってるだけ」のブランド
「JEAN DIADEM」を立ち上げる
同年8月、中目黒の家具ショップ「hike」で絵画展
(中目の仕事先に通ってた時、毎日ココの前通ってたのよね)
この年、出演映画は50本を超えた。
2006年11月、世田谷区のキャラクターに応募するため「せったん」を描く
ってことは浅野さんってもしかして玉子と同じ世田谷区民 !!!!!!!?????
2007(平成19)、NHK「SONGS」の矢沢栄吉特集で初インタヴュアーを経験。
同年6月23日、大阪・「帝塚山無学」で開催された第98回無学の会で
笑福亭鶴瓶とともにトーク&ライヴ
同年9月13日、富山県中新川郡で、
名キャメラマン木村大作氏の最初で最後の監督作品「剱岳 点の記」クランク・イン
同年10月30日~、神宮前のジュエリーショップecLigで絵画展「浅野忠信展2」開催
フレグランスブランド「エンジェルハート」のイメージキャラクター
真偽の程は知りませんが、ご自身の愛用フレグランスは
JIl SANDERの「SANDER for MEN」だそうで。
同年12月、NHK教育「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 チェ・ゲバラ 革命への旅」で
ナレーターデヴュー。
2008年、「母べぇ」(山田洋次監督)
同年1.26、テレビ朝日「Sma STATION!!」で生放送初出演。
同年、 主演作の映画「モンゴル」(セルゲイ・ボドロフ監督)、第80回アカデミー外国語映画賞にノミネートされるが、受賞ならず。
身長/179cm 体重/58kg
血液型/A型
昔から鼻血体質
愛用の石鹸は「ねば塾」
お酒・タバコはやらない
玉子は、1995年にOAされていた明治乳業「カフェレシオ」 のCMで
コンビニでただ買い物しているだけなのに、棚から商品がバラバラ落ちたため店員に犯人であるかの様に睨まれ、オドオドして「オレじゃないっス」って言い訳しながら、
落ちた商品を積みなおす可哀想な青年客=浅野さんに一目惚れしました。
あんなに“素”が演じられる(“素”でいられる)役者さんがいるんだって。
ただ、ホントに役者としてスゴイのかどうかは、
今もってよくわかりません。
でも、大好き。
- 2008/02/25更新
- 2008/01/09登録
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