ソラヲツナグ
宙を繋ぐ/池田光弘
はじめにある洞窟の絵にはっと足がとまる。
インターネットや印刷されたもので見ていたこの絵はもっと孤独で取り残された心許なさが印象的だったから。
かといってそこに淋しさばかりを感じていたわけではない。
たおやかに包まれた空気感。たったひとつの星を、まるで誰かが守っているみたいに。
実際作品を見てその海底に流れる緩やかなしおのように奥底で、でも確かに感じていたものが、ぐんとおもてに近づいてきたような気がした。
それをことばとして明示することはやはり困難だけれど。
どんな時間からも、場所からも取り残されている。
静かでひそやかなかおりだけを感じて、なにものか…もしかしたら私かもしれず私も含まれたすべてかもしれず、もしくは私の知っている命とはまた別の存在が、そこで何かを続けている。
村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出した。
あの森。
うたを忘れて、けれどこのうえなくやさしく生きて、世界を続けているひとびと。
不思議なくらいに穏やかだと思った。
石や表面の朽ちかけた枝や、もしかしたら乾いた根、が敷かれた世界なのに。
うたを忘れた世界なのに生まれる前から聞いていたあたたかい音が、世界ではなく、自分の体内に流れていることを感じるような。
いつのまにか自分の心に浮かぶものごとすべてが時間を越えてここに存在して、そうして表面としての、皮としてのわたしもここにいるんだ、と思う。
だからきんとしたその空気を、なぜかしら心地よく吸い込んでいたくなる。
ひとつひとつのある時点と流れをとめることのない連続とは同時に含まれて、たえずどこかに消え去っている。
無垢になにかを探しているように見えるのはそのためだし、ただひとつの宝石や、ぬるい心地よい泥に足首を浸しながら帰る我が家のように見えるのも、そのため。
これは体験なのかなぁ、という気がした。
深くいろんな話をしたからなのかもしれない。
けれど意識してそこに歩いていったわけじゃなかったから、辿りついた場所なんだろうと思う。
わたしだけの。
今私がもつさまざまをつなぐだけじゃなくて、きっとこの作業はこれからうまれるさまざまをも、つなごうとするんじゃないかな。
そんな気がした。
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