ほしのみちお たびをするき
旅をする木 (文春文庫)
"揺るがない、何か" などと言葉にしてしまうと 途端に陳腐だけれど、
誰かの文章の中にそれを、こんなにも強く感じたのは初めてだ。
全く浮ついたところのない、深く、暖かい視線。
星野道夫は、アラスカに暮らし、
野生の動植物や風景、そこに住む人々の魅力的な姿を撮影し続けた写真家だ。
1996年に、撮影中の事故で亡くなっている。
その享年を初めて知って驚いた。弱冠44歳。
彼の文章の魅力の一つは『カメラマンの視点』、なんだろうか?
世界の断片を切り取って提示することで、その美しさを伝えること。
ひとつ、またひとつと並べられていく小さな断片が、
ページをめくるように、心に、その風景や吹く風の色を描いていく。
それを見つめる彼の愛おしい眼差し思って、頬がゆるむ。
人間にとって『世界』は、自分の感覚器官で認識できる情報の集積だ。
手が届くのは、自分を中心とした ほんの狭い範囲の出来事だけだし、
目に映っているのに 見えていないことすら、少なくない。
例えば、今この瞬間、
昼間すれ違った見知らぬ誰かが過ごしている あたりまえの日常や、
どこかの国で昇っている朝日、どこかの街を染めている夕焼け。
静かに揺らぐ 極北のオーロラ、
月周回衛星が今も映し続けている、月面の砂漠。
枯れ草の下で春を待つ、タンポポのロゼット。
…そんなものが、自分の過ごす日常と同時進行で存在していることを
普段の生活の中で意識することは、少ない。
私たちのすぐ隣の現実として存在している風景は
絵空事の"パラレルワールド"なんかよりも
遥かに想像を超える『異世界』なんじゃないかと思う事がある。
彼は…、星野道夫は常に、
いくつもの世界とそれぞれに流れる悠久の時間とを
心の片隅に留め続けていた人だったのだ、と、思った。
アラスカのツンドラに咲く小さな花や カリブーの息づかい、
深い原生林と氷河に囲まれた入り江の、包み込むような静けさ。
それらの美しさに心奪われながらもその瞬間、
遠く離れて無数に存在する日常の異世界や
変わりゆくアラスカの人々の暮らし、
決して平穏ではあり得なかったその土地の歴史のことを彼は、
常に感じ続けていたんだろう、と。
彼の文章に感じる "揺るがない、何か" は、
そうやって自分の居場所の座標を、常に意識し続ける事から
生まれたもののような気がした。
写真でも文章でも、絵でも映画でもダンスでも。
表現には必ず、その人の内面の全てが現れる、と思う。
"厳しくて公正で恩寵に満ちた世界"への 畏敬と愛情、
そしてその場所に辿り着いた幸せへの感謝をこめて綴られた文章からは
そのまま彼の『幸福感』が伝わってきて、たっぷり、心に溢れる。
短編集なので、どこででも気軽に読めるんだけれど
できれば腰を落ち着けて、ゆっくり読むことをおすすめします。
何度も繰り返して手に取りたくなる一冊、になりました。
池沢夏樹さんという方が書いている、文庫版のあとがきも好き。
今度はこの人の本を、読んでみたいと思ったyo。
- 商品名: 旅をする木 (文春文庫)
- 価格: ¥500
- 著者: 星野 道夫
- 出版社: 文藝春秋
- 発売日: 1999-03
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- 2008/02/01更新
- 2008/02/01登録
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コメント (2)
2008/02/01
たもりもり このKWの文章いいですね。私も亡くなってから彼の写真や文章と出会った一人です。でも、まだ彼はアラスカのどこかでカリブーを追っているような気がしてしょうがない。実際、いろんなことが彼の思いを実際に感じた人たちによって、続いていますからね。
2008/02/08
こま ありがとうございます ^_^
池澤夏樹さんがあとがきに、『彼の死を悼む、というような気持ちが、最近なくなってきた』と書かれていました。不慮の事故による死すら、自然な流れだったように、彼の不在を悲しむ人にまで感じさせてしまう・・・、という不思議な感覚は、星野道夫の生き方を象徴している気がします。続いていますよね、いろんなところで。新しい芽が、どんどん活躍されていくんだと思います。
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