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「接吻」(万田邦敏監督)

 大人気グラビアアイドルであり、売れっ子タレントでもある、小池栄子の初主演映画。小池栄子の演技を見るのは初めてだったし、また、彼女の顔やスタイルが、映画向きである、とは、わたしにはちょっと、思えなかったのだが、しかしどうだろう、わたしの先入観をせせら笑うかのように、実にすばらしい演技を彼女はここで見せている。すばらしい素質に恵まれている、というわけではないし、ましてや天才というわけでもないのだが、しかし彼女の真剣さ、ひたむきさ、そしてクレバーさは、映画一本を束ねるのに充分な力を発揮している。だから九十分間、大画面において、人を引きつけるのにも充分な輝きを実現することにも成功している。とても難しい人物像を、かなり正確に理解しながら、そして充分に役に入り込みつつ(それだけでもすばらしい仕事なのだが)、しかし最後には、その役柄を突き抜けるように、彼女自身が、彼女自身を、その役の核心において、爆発させる、という、すごい瞬間にまで行き着くことになる。仲村トオル/豊川悦司という、本格派俳優の、寡黙な「受け」の演技のその、反作用を最大限に利用しつつ、小池栄子は、最後の最後に、彼女自身を超えることになるのである。彼女にとうとうなにかが降りてきたような、ぶっとんだ演技を、最後の最後で、小池栄子は、炸裂させることになる。

小池栄子演じる、寡黙で孤独なOL遠藤京子は、テレビに映しだされた、殺人犯坂口秋生(豊川悦司)による、その不可解な笑顔に惹かれてしまい、その事件の記事を集め、殺人犯である彼自身の生い立ちをすら、調べはじめることになる。コンビニでノートを買い、糊を買い、几帳面にモクモクと、スクラップブックを作り、綺麗な字でノートをとり、殺人犯である彼の生い立ちを、事細かにまとめはじめることになるのである。見知らぬ殺人犯との関係を(成立しないはずの関係を)、彼女は、独り暮らしの孤独な部屋で、少しずつ、一方的に、作り上げていくのである。公判が始まれば、公判にも訪れはじめ、そして弁護士長谷川(仲村トオル)とも近づきとなり、彼を通して、差し入れを(見知らぬ女からの殺人犯への差し入れを)、受け取ってもらうように、殺人犯に、話をつけてもらいすらするのである。差し入れを続け、公判を見続け、手紙のやりとりもはじめ、そしてとうとう、彼と、見知らぬ殺人犯と、彼女は、面会することになるのである。在り来りな、醜い、一方的な言葉ならば、いくらだって、発することは、出来るだろう(コメンテーターや、身勝手な俗物の言葉など、それらはいくらだって、垂れ流し可能なのだ)、しかしわたしとしての、あなたに向けた、いま発すべき、正しい言葉というのは、そうそう容易に、生じるものではないのである。ほんとうに、必然性ある言葉なんて、それによってあなたとわたしになれるような正しい言葉なんて、そうそう生じるはずがないのである。さも分かったかのような、一方的な、言葉の投げつけとは(「被害者の遺族の気持ち」とか、「犯人の残忍さ」とか)、それらがたとえ、丁寧な言葉であったとしても、良心ががそこに含まれていたとしても、しかしそんな、一方的な言葉の押し付けは、(つまり必然性なき言葉/イメージの垂れ流しとは)、無条件に、百パーセント、暴力でしかないのではないだろうか。なぜならそれらは、あなたとわたしになるための言葉ではなく、むしろ逆に、あなたでもわたしでもなくなってしまうための、言葉にすぎないから。小池栄子演じるOL遠藤京子は、そのような言葉の暴力に/わたしでなくなれと命令する言葉に/つまり心への暴力そのものに、もはや、傷つきすぎてしまっているようなのである。心がボロボロになるほどに、孤独なOL遠藤京子は、すでに、傷つきすぎてしまっているようなのである。彼女はただ、正しい言葉を、話すべき言葉を、あなたとわたしになれるほんとうの言葉を、話してみたかっただけなのだろう。いま、あなたに、このわたしが、話すべき、正しい言葉、を。しかし人々は、そんな正しい言葉が、うまれる以前に、まるでそんな言葉を嫌悪でもするかのように、言葉の源流を、汚物で汚すかのように、まるで汚物そのもののような言葉ばかりを、(わたしもあなたも消し去ってしまう言葉ばかりを)、好き勝手に、わめきちらしているのである。正しい言葉なんて、そんなにたくさん、あるはずがないのだ。正しい言葉なんて、そうそう生れるはずがないのだ。孤独なOL遠藤京子は、殺人犯との面会室で、ガラスによって隔てられたその場所で、彼女が話したかった、彼女なりの、正しい言葉を、(たわいのない、しかし正しい言葉を)、ほとんど一方的に話ながら、(そして殺人犯は、それを受け入れながら)、束の間の幸福を、おそらくは、生れてはじめて、感じることになるのである。小池栄子とは、(ご存じの通り)、みずからの肢体のセクシーさを、メディアを通して、皆に見せつつ、小池栄子というひとつの(分かりやすい)イメージを(さもわかったかのようなイメージを)、メデイアの中で、演じ続けている、そんな人ではあるのだ。しかしそれは、言い換えるならば、小池栄子自身とは、正しくない言葉を(さも分かったかのようなイメージを)、メディアの側から、垂れ流す立場のひとである、ということでもあるのだ。つまり小池栄子自身は、殺人犯に惹かれる、孤独なOL遠藤京子とは、もっとも隔たった場所にあるひとでもあるのだ。だからと言って、小池栄子が、ここで、遠藤京子という孤独なOLを演じつつ、相当無理している、ということではなく、むしろ逆に、彼女が、「小池栄子」という、メディアイメージのひとであるからこそ、そのネガたる、そのちょうど正反対のひとである「遠藤京子」という人物が、はっきりと、見えてしまった、ということが、どうやら、この映画の中では、生じているようなのである。「小池栄子」という分かりやすいイメージを、意識的に、演じざるをえないが故に、おそらくは、不躾に、何度となく、彼女に向けて、投げつけられたこともあるであろう、一方的な言葉は、小池栄子自身を、そのつど傷つけ、理不尽な辛さを、味あわせたことであろう。だから確信犯的に、アイドルを演じている、小池栄子であるからこそ、そのような立場の彼女だからこそ、まったく正反対な立場において、遠藤京子が受けたのと同様の、さまざま悲しみを、知らねばならなかった、ということであり、したがって、反対の立場にあるはずの、遠藤京子という女が、(「小池栄子」という立場であるからこそ)かなりはっきりと、彼女には、見えてきてしまった、ということなのだろう。小池栄子は、遠藤京子を理解し(彼女だからこそ、深く理解出来)、そして遠藤京子になりきっていくのだが、しかしいずれ、最後の最後で、小池栄子が、遠藤京子になるのではなく、遠藤恵子が小池栄子になってしまうという、演技の逆流の瞬間が、訪れることになるのである。この逆流において、小池栄子は、遠藤京子として、遠藤京子の中において、小池栄子自身の中のなにかを、(遠藤京子であるところにおいての小池栄子自身を)、爆発させることになるのである。一方的な、さもわかったかのような、ただやさしいだけの言葉とは、しかしそれは、わたしでもあなたでもなくなってしまうための、言葉でしかなく、だから結局は、それは、純然たる、暴力でしかないのであり、しかしだとするならば、その反対の、なんら誤解のない、正しい殺人とは(愛する「死刑囚」を、殺してあげる、というような、正しい殺人とは)、ことによったら、愛の行為とは、なりえないだろうか、と、彼女はここで、思い至ることになるのである(小池栄子/遠藤京子は、心の中で、こう言っているのである「あなたを愛している、心底愛している、愛さないではいられない、でも、だから、あなたが一番憎いの」)、あるいはまた、殺す代りに食らわされた、まったく間違った、まったく無謀な、その接吻とは、接吻されたその者への、心底憎んでいるその男への、軽蔑してすらいるその男への、残酷な、死刑宣告とは、言えないだろうか(「あなたが憎い、身の毛がよだつほど嫌悪している、そしてそれは、あなたを愛してるからなの」)。最後の最後で、小池栄子/遠藤京子は、「放っておいて!」と、全身で叫ぶのだが、しかしそれは、いうまでもなく、彼女の、心のそこからの、愛の告白にほかならないのだ。「(あいしてます、あいしてます、あいしつづけています、あいすることだけは、止めることが出来ません)放っておいて!」、最後の最後に、彼女が、そう叫ぶのは、つまりそれは、彼女が、そう叫ぶことによってでしか、愛を告白することが出来ないからにほかならないのだ。心底愛しながらも、心には愛を燃やしながらも、しかしどうしても、彼女には、誰かを愛するということだけは出来ないのだ(「死刑囚」とは、もはや、誰かとは言えまい)、愛の関係をつくることだけは、愛する者としてのわたしとなることだけは、どうしても彼女には、出来ないのだ。そんなひとりの悲しい孤独な女/遠藤京子という人物が、きわめて生々しく、具体的に、説得力ある力を持って、ここで完成したことにおいて、ひとりの女の、現代的な悲劇が、きわめて濃密に、完結することになるのである。悲劇の難しい時代において、身体ひとつで(遠藤京子を作り上げることによって)、悲劇を成立させた、女優小池栄子の、逃げのない本気の演技に、最大限の賛辞を贈ろう。「接吻」。万田監督による、小池栄子の、とてもすばらしい映画(そう、これは彼女「の」映画なのだ)。日本映画の底力。すばらしい。

「接吻」(万田邦敏監督)

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room9
  • 2008/04/14更新
  • 2008/03/16登録
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