染井吉野発祥の地 染井(豊島区)
平塚晶人「サクラを救え」三章にこうある
「JR山手線の駒込駅北口から、本郷通りを渡って線路沿いに巣鴨よりへ50Mほど進むと、北区の西ヶ原方面に向かって延びる細い路地にぶつかる。通りの両脇にはぎっしりと住宅が並び、その合間に数棟の団地や小さな公園が点在している。車がすれちがうのがやっとという道幅の割に、満ちは一直線に1キロほどもつづいていて、やがて二葉亭四迷や高村光太郎らが眠る染井霊園へ至る。
この通りが、江戸中期から明治初期にかけて、日本はおろかセカイでも最大規模を誇った一大園芸基地”染井”を貫いたメインストリートである。」
今や日本のサクラの代表格として知られる染井吉野はこの通りから生まれた。
地図
書籍情報
染井吉野の苗木
フリッカーによる染井吉野
- 2008/03/15更新
- 2008/03/15登録
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