生誕100年 東山魁夷展 / 東京国立近代美術館
日本画家・東山魁夷の生誕100年を記念する展覧会が5/18まで東近美で開催されています。代表的な本画101点とスケッチ・習作53点が展示され、作家にとって最大規模の個展であるほか、唐招提寺御影堂の障壁画から『濤声』(部分)と『揚州薫風』が展示されるなど、見応えある大回顧展となっています。
東山魁夷は1908(明治41)年、横浜生まれ。東京美術学校の研究科を修了したのち、ドイツ留学をはさんで帝展、文展に作品を発表するようになります。学生時代に雅号を命名。「魁夷」の名前の由来を昔本で読んだ気がしたのですが…「魁」は北斗七星のなかの星の名前から、「夷」は七福神のえびす(夷)から、のようです(本名は新吉)。今でこそ指折りの著名作家でありますが、デビューにはなかなか苦労しています。戦時中に全ての肉親を失い、疎開先に妻の残しながら、一時は死を覚悟しながらも制作に向いますが展覧会には落選続き…。その中で自然との対峙から生まれた作品『残照』が帝展に入選することをきっかけに、風景画家として生きていくことを決意します。
代表作『道』は美術の教科書にも掲載されている有名な作品ですが、この作品により東山魁夷の評価は不動のものになったといえるでしょう。単純化され余計なものを排した簡潔な構図は、日本画の伝統を生かしつつ独自の感性を生かしたもので、その後の作家の代表的な作風になります。それまでの日本画の価値観の中で「細かく沢山筆跡があるものが良い」というものがあったと思いますが、東山はあえて平坦な色面を描いた…実際は平坦に見えて、多数の筆跡(タッチ)の集積によって平面を表現しているのです(だから複雑に見える)。
その後、東山の作品は装飾的だったり写実的な方向だったりに揺れるのですが、やはり真骨頂はこの単純平面化の元祖スーパーフラット(古い?)の風景画ではないかと。ザ・ジャパニーズ・モダンの王道は1950年から開かれていたわけです。自然というモチーフへの畏敬を残しつつ、自我の表現へと還元させていく方法論は、絵画だけでなく建築・デザイン分野の多くのクリエイターにも参考になるものがあるかもしれません。『たにま』という雪解けの小川を描いた作品などは、徹底した自然観察の上絶妙のフォルムを生み出したジャパニーズモダンの傑作ではないかと思います。
本当に、絵が巧い人だと思います。戦後日本画界を支えた作家は何人かいますが、その中でも特に画力のある方ではないでしょうか。巧すぎて、きっと自分を見失うこともあったのかもしれません…それが、賛否両論(?)の、白馬シリーズをうっかり生んでしまった所以かも、などと思ってしまいます。白馬はポエジーですが、研ぎすまされた風景描写にはちょっと浮いた存在に感じられるのです(それが孤独な作家の象徴だ、などと言われてしまえばそれまでなんですが…)。作家本人はどこかでいくら頑張って描いても実際の自然にはかなわない、と思っていたのではないかと思ってしまいます。だから作品をあえてファンタジーにしてみた。でもそれはやっぱりどこか破綻しているように感じるのです…なぜなら絶対的に自然描写はリアルで冴えているから。たまに山に行って杉の木の群生などをみると「あ、東山魁夷だ」と思ってしまう程、自然描写は真に迫っています。
障壁画2点もとても迫力のあるもので、一見の価値があります。絶筆となった『夕星』…とても91歳が描いているように思えません。技巧の面のみならず、精神的にとても澄んでいて…穏やかです。生涯を絵筆とともに生きた作家の最後の作品として相応しい。最近は日本美術も古典絵画が人気のようですが、現代作家も素晴らしいです…!(小声) あの、岩絵の具の発色…筆跡から「色がたちあがってくる」感じ、を見つめていると高揚した気持ちになってドキドキしてきます。桜の花だとか苔の緑色だとか、そういう自然界のキラキラしたものを見ているとなる気持ちに似ていると思います。ただただ、なんて美しいのだろう、って。善いものを観て、気持ちが浄化された気にすらなります。
こんなにも美しい風景を見たであろうか。
おそらく、平凡な風景として見過ごしてきたのにちがいない。
もし、再び絵筆をとれる時が来たなら・・・私はこの感動を、いまの気持ちで描こう。
東山魁夷
あまりに有名作家なので私がどうこう言うまでもなく、沢山の方々が訪れると思います。美術館側もそれを見越してか、週末は夜間開館も実施されるようです。実際、始まったばかりなのにとても混んでいました…花見もよいけど絵画鑑賞もいいわね、なんて皇居周辺には人がぞろぞろ。平日の夜などにもう一度ゆっくり観に行きたいです。
東京国立近代美術館
2008年3月29日(土)~5月18日(日)
10:00-17:00 (会期中の木・金・土曜日は、20:00まで)
http://www.momat.go.jp/Honkan/...
- 2008/03/31更新
- 2008/03/31登録
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コメント (12)
最新コメント5件
2008/05/05
プーク あぷりこさん、コメント有難うございます。そうですね、その人の心象風景のあらわれが「好きな絵」につながるのだと思います。自分が美しいと思うものを「好き」とはっきり言えることも、強さであり美しさだと思います。職場の方は素敵な人だったのでしょう。
2008/05/11
M類 東京美術学校日本画科で祖父の一個上の先輩ということで、畏れ多くも「日本画」つながりで登録させていただきました。ちなみに現在一宮市博物館で開催中の特別展「いまあざやかに 丸井金猊展」図録に金猊の甥(画家で元県立美術館学芸員)の寄稿文が掲載されているのですが、元原稿では記載されていたものの、公立館の図録ゆえに差別発言になりかねないということで記載見合わせになった金猊の東山魁夷評がありました。
それはポジティブな意味において、金猊が東山魁夷の「色彩は、色覚異常というのではないけれども、なにか独特のものがあるようだ」と話していたというもので、その点を考えると東山魁夷は日本のモネという視点にも立ち得るのかな?とちょっと思わされました(すでにどこかで言われているかもしれませんが)。
プーク M類さん、コメント有難うございます。お祖父様の作品はKWのコメントにも書かせて頂きました通り、97年の初展示でも拝見しております。そんなお祖父様が、東山魁夷の色彩を独特だと言ったのは大変興味深いのですが、それは一体いつ頃のお話なんでしょう?確かに日本画で使われる岩絵の具は独特の色彩ですし、もっと言うとそもそも「貧しい色彩」です。現在のような色数に増えたのは戦後の技術開発によるものですので、当時の戦後の日本画作家達には「色彩変革」のようなものがあったといえます。東山魁夷と歳がかわらないというお祖父様も、戦後の日本画画壇(日本画制作シーン?)においてそのような変革時代を経ていらっしゃると思います。そんな中にお祖父様から見て東山の色彩に何か独特なものがあったのでしょうか…歴史検証的に面白い話だなと思いますが、、、個人的にはそれ程かわった色彩だとは思いません(すみません)。むしろ、岩絵の具という混色の出来ないハンデの上で、かなりリアルな現物に近い色彩に迫ったものがあり、技術の高さを感じます。現代日本画の批評的なものをあまり読んでいないので、間違っているかもしれませんが…機会があったら調べてみます。日本のモネ、という例えは美しいですね。
2008/05/12
M類 プークさん、KWコメントありがとうございます。そちらでも返信させていただきました。
ところで金猊が東山魁夷についてそのように話したのは、おそらく1970年頃のことと思います。それから間もなく金猊は杉山寧氏始め同期の仲間たちの励ましもあって1940年以降約30年間置いたままになっていた筆を再び握り始めています(つまり色彩変革期は制作現場にいなかった)。
恥ずかしながら私は金猊の作品の展示活動をしていながら、日本画の歴史をそれほど体系的に勉強してはいないので、戦後の色彩変革という技術革新についてはあまりよく知りませんでした。それと97年の初展示で披露した「壁畫に集ふ(http://kingei.org/artworks/...)」が身近にあったことから決して日本画で用いられるメディウムが「貧しい色彩」とまでは思っていませんでした。
尚、金猊の甥が書いた金猊の東山評は彼が学生になりたての時分に聞いた話のようなので、それ以上踏み込んだところまでは話を聞いていたのかは定かではありません。また会う機会があれば聞いてみたいと思っています。ただ、金猊と東山氏との接点はあったように身内から聞いてますので(人数少ない科で1学年違いですし)、もしかすると東山氏から直接聞いた話をもとに金猊が甥にその色彩の独特性を話したのか、それとも戦前から戦後までの作品の流れを見通しての印象として話したのか、そしてどこを指して異常と見たのかは私も興味深いところです。
2008/05/13
プーク そうですね…もし、今後M類さんがお祖父様の作品の展示活動をされていくなら、最低限の画材・技法の理解と戦後日本美術史は、おさえていらした方がよいかもしれません。画材についてはここに、同じブログ内にまとまったものもあります。「貧しい色彩」というのは、西洋美術からみた日本画観です。日本画の人は天然岩絵の具こそ世界で最も美しいと思っていますから…そのように、画材の中に高級か低級かというヒエラルキーがあることが特徴で、故に安い絵の具を使っているとそれだけで「汚い絵だ」という評価になってしまったりします。かの村上隆は藝大生時代に、画材屋で一番高級な絵の具(群青)を借金をして買い占め、大型画面に塗り固めるという作品を制作しそのような絵の具高級志向(?)に反発したりしていました。…話がずれてしまいましたが、そのような観点からみてお祖父様の「色彩感覚」「色彩に対する評価」というのがどのあたりからきているものか、興味深いなと思います。
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