マリオ・ジャコメッリ展
受け手が作品を見ることによって作品が作られる/完成するということではなく受け手はそれを見ることによって受け手自身もなにかを孤独に創造しているのでありそして創造されたそれこそ受け手の生の本質にすらなるのである。見ることとは(あるいはあらゆる知覚とは)たしかに受動性ではあるがしかし知覚は単に純粋に受動的な事ととしてのみ在るではなくたしかにあらゆる知覚においては受動することが先行するほかないけれどしかし単に知覚が受動しているだけで終わるはずがなくだからそれこそ受動しているままでは「なにひとつ見えてこない」というべきですらあるのだ。たとえばキルケゴールならば関係が関係自身に関係する関係」と言うところだろう。たしかにわたしはほかなるものとの間に関係を作り上げるがしかしその関係は自己においての(自己としての)関係である以上固定的なまったく動きのない関係であるはずがなく(自己とは時間的存在である他なく、時間から出ることができるはずもなく)だから自己は関係を作り上げたそのときその関係に関係するほかなくそして「関係に関係している」そのものとはほかならぬ関係それ自体なのである。自己とは精神である、そして精神とは関係であり、そして関係とは関係それ自体に関係する関係なのである、と。人は知覚しているときおのずと関係それ自体に関係しつつ知覚しているのでありつまりひとは知覚しながらその知覚において精神/自己そのものを作り上げているのである。そして知覚されているものがもしも作品と呼ばれる知覚されるべきものだったのならばはたしてそのときその知覚においてなにが生じてることになるだろうか。
見ることとは心そのものを創造することであるという考え方がマリオ・ジャコメッリの哲学にほかならない。写された人の心を写真によってとりだすのではなく(そんなことできるはずはなく)逆にとられたその画像とは心そのものにほかならないとジャコメッリは考えているのである。いったい心とはどこにあるのか。人はみずからの胸に手を当てて心と言ったりするしまた逆にみずからの頭を指さして心と言う人は居るはずもなくだから心とは頭脳ではないどこかにある非物質的なわたしにとってとても大事ななにかということになるであろう。それが心の一般的なイメージということになるであろう。たとえばわたしががひとつの曲を何度も何度も長年にわたって聴き続けたとしてしかし同じ曲であるにもかかわらずそれに飽きることもなくむしろ逆にかつてより良く聞こえることすらあったりあるいはそれぞれの年代においてそのおなじ曲の聞こえ方がちがっていたりしてそれこそ「いままでなにを聞いていたんだろう」とふと疑問に思ったりすることすらあって、するとそんな体験を重ねていく中でわたしがその曲との関わりの中で長年の間で作り上げてきたものとは頭脳の力ではなく精神でもなくましてや認識でもなくあるいは感性ですらないのである(なぜなら悪かった曲が良く聞こえはじめたのではなくはじめからその都度その曲はわたしには良く聞こえてはいたのだから、時に涙すらしていたのだから、感性の「体調」こそ日々ちがうにしてもしかしその都度それなりの感性がわたしにはあったはずなのである)したがってその長年のその曲とわたしとの関わりにおいて作り上げられたそれ、それこそが心にほかならないと言いえるだろう。心は時間として生成し場所として存在することとなる。大好きなひとつの曲をわたしが聞くときその場所においてその曲との関わりとして心は在るがとうぜんその心はその時としてひとつの時間として生成してもいるのである。あるとき通い続けたひとつの場所やおさないころに住んでいたわたしの家とかそれらにおいてのわたしだけの体験とは(関係に関係していたその関わりの質とは)まさにわたしの心そのものであってだからなじみのあったあの場所やあの家が無くなってしまうこととはわたしの心が完全に消え去ってしまうという残酷な事実をわたしに突き付けることとなり「寂しい」という言葉ではまったく足りないような絶対的な喪失感を(同じわたしはもう居ないという絶対的な喪失感を)わたしに感じさせることになるのである。マリオ・ジャコメッリは神学校の生徒たちの写真を撮ったりあるいは病院の老人たちの姿を撮ったりするがしかしその際ジャコメッリはずけずけとそこに入り込んでずけずけと物珍しげに容易にカメラを向けるのではなく何年間かその場所に通い続けそしてその上でそれら人々に慎重にカメラをむけるのだが、しかしそうまでも長い時間を彼が必要とするのはそれほどまでの時間を積み重ねなければその場所はそしてそのひと達は心としては立ち現れてはこなくて、つまり彼はその場所としてその時間において生成した心のみにしか興味はなく、そしてひとつの心として立ち現れてはじめてそれら場所やそれら人々の顔や姿はジャコメッリにあって意味をもつこととなるのである、だから彼の写真の中の人々の顔があまりにも強烈に絶対的な何かとして輝くのは(極度に悲しい写真であってもおどろくほどのその絶望そのものとしてなぜかそれが輝くのは)それらがある時のある場所としての心そのものとしてなければにらない絶対的な存在としてその写真において捉えられているからにほかならないのだ。彼が生まれ育ったひとつの都市にこだわり続けた理由もそこにこそあるのだ。同じ場所のちがった時間に生成し続けるある光景は(彼が長年住み続けた都市の光景は)彼にとっては心そのものとして体験されているのでありそしてその心こそが彼(の生)そのものでもあってだから彼はその心を彼ではない彼そのものとして(彼を超えた彼そのものとして)撮り続けたのである。もはや人の住まなくなって遺跡や廃墟や廃屋とはたしかに人の生活の痕跡をときに生々しく感じさせはするがしかしそれを感じさせるからこそ言い知れぬ恐ろしいほどの寂しさを見る者に感じさせるものでもあり、そしてその恐いほどの寂しさはもはや心がここでは生成しないということにおいての情感であり(遺跡/物は残ってももはや文化は生成されず)かつては生成していたはずの心がここにはもう生成しないということ、文化とは心であり歴史とは心であり生活とは心であっていくら物質を重ねても心にはならずそして心を感じられない中では人は生を感じえないのであって、だから廃墟や遺跡はむしろ反対に今あるわたしの生への胸掻きむしるいとおしさを感じさせることとなり、だからわたしたちは遺跡や廃墟を前にして言い知れぬ恐いほどの寂しさに捉えられてしまうこととなるのである。そしてジャコメッリはその生と同義のあるいは文化と同義のそして生活と同義の心のみを撮り続けたのである。そしてだからこそ彼はひとつの場所にこだわりそして作品を撮りあげることにながい時間をどうしても必要としたのである。ジャコメッリが上方から見下ろすように何枚も撮りつづけたまるで絵画のように美しい土地の写真はいうまでもなくまさに今生きつづけていてるその土地の(廃屋や遺跡の有り様とは程遠い)場所の生命そのもののあらわれでありだからおそらくジャコメッリはこの人生が悲しかろうと寂しかろうとあまりにも苦痛に満ちていようともその場所の生そのものの美しさをもって歴史を文化をそして生そのものを全面的に肯定しようとしたのである。しかしそれでも美しいではないか、と、ジャコメッリは今まさに生き続ける美しい土地を撮りつつそう感じていたのであろう、わたしたちはジャコメッリが創造した悲しくも強烈な心にひきつけられつつしかし同時にその生の/その生活の/その歴史への強い肯定にもその場し世の生命を感じつつ素直に頷くこととなるのである。そう、たしかにそれでも美しいのだ、と。しかしわたしたちはこれら作品を見つついったいどのような心を創造しえたのだろうか?
- 2008/05/03更新
- 2008/05/03登録
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