山本宣治
京都府宇治市出身の衆議院議員、生物学者、性科学者。1928年の第1回普通選挙に労農党(共産党系)から立候補して当選した。労働者や農民から「山宣(やません)」と呼ばれる庶民派だった。言論の自由がなくなっていく時代の中で、治安維持法の改正に反対したことから恨まれ、暗殺された。
普通選挙法と治安維持法はどちらも1925年に制定された。民主主義の基礎と言論弾圧の基礎が同時に生まれたのは偶然ではない。治安維持法は、最初は過激な政治活動を行うテロリスト(暴力革命を肯定する共産主義者など)を取り締まるものだったはずだが、その対象を社会民主主義者、自由主義者、宗教団体、平和活動家へと広げていき、政府にとって都合の悪い人間を誰でも逮捕できる法律に変わっていった。戦後、GHQの命令で法律が廃止されるまでに逮捕された人は10万人を超える。取調べの名目で凄惨な拷問・私刑が行われ、虐殺された人も多い。裁判で有罪にするよりも、そのことで効果的に言論を弾圧することができたのだ。これを昔の話だと考えるのは甘い。政府は法律の廃止によって名誉を回復した人や遺族に対して、いまだに謝罪すらしていないのだから。
山宣はこの治安維持法の改正(最高刑を懲役10年から死刑に引き上げる厳罰化など)に反対したのだが、彼自身この法律の対象にされた過去がある。治安維持法が最初に適用された1926年の京都学連事件で関係者として家宅捜索を受け、それが原因で職を奪われている。だからこの法律の危険性を誰よりもよく知り、この法律を憎む思いは誰よりも強かったに違いない。
山宣が代議士だった期間は1年程度と短いため、実はそれ以前の科学者・教育者としての業績の方が多い。その一つが性教育だ。彼は同志社で生物学を教えていた頃に日本の性教育が著しく遅れていることを痛感し、啓蒙活動を行うようになった。その中で真面目にオナニーの有害性を否定したりしていて面白い。当時の男子学生は無用の罪悪感と健康被害の不安に悩んでいたが、山宣によって救われた者も多いという。「日本人男性の性生活の統計的研究」は男子学生のオナニーの習慣をアンケート調査したもの。これはキンゼイ報告より25年も前であり、もっと評価されて良い。
また、山宣は産児調節(産児制限)運動のリーダーとしても活躍した。雑誌「性と社会」を発行した他、マーガレット・サンガーの来日講演の翻訳「山峨女史家族制限法批判」(「~批判」となっているのは検閲を逃れるため)を出版して避妊法と避妊具の普及に尽力した。労働者階級の“子だくさん”は貧困に直結する重大問題だったからだ。常に一般市民の生活に根ざした活動を行ったのが山宣の特長であり、慕われた理由だ。
・2008-04-13
山宣の伝記映画「武器なき斗い」を無料で上映するという新聞記事を当日に見つけ、慌てて観に行ってきた。政治的な内容を含んではいるが普通の偉人伝だった。映像的・演出的な面白さは足りない。まあ、それは仕方ないだろう。映画の中には赤い旗を振り回す人が大勢登場して独特の雰囲気をかもし出しているが、会場にはそんな人もおらず、安心した(笑)。
- 2008/04/15登録
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