日本経済新聞 2008年4月27日朝刊 春秋
新聞のコラムというのは、空白や活字体と言った、視覚効果(今時だと絵文字)を用いるのはタブーだという不文律があるように思う。今朝の「春秋」はその不文律を破ってなんとゴシック体(?)を使っていて驚いた。長いこと新聞を読んできているが、こんなことはほとんど記憶にない。しかも、その使い方、今日のテーマが面白かった。
”どうして「文学」は「文楽」ではないのか。「音楽」は「音学」ではないのに…。”に始まり、締めあたりにこうある。
”詩人や小説家は、文<学者>ではなく、文<芸者>になる。”
<>のところがゴシック体だ。これは本当にそう思う。先日の瀬戸内寂聴の囲み記事といい、文とはまず楽しみであるべきだと思う。それが深い苦難の表現であれ、克明な生命の記録であれ、皆に平たく楽しみであるべきじゃないか。そういうところから、人は物事を表そうとするんだと思う。それを、理解されぬ辛さが故に一段上を作ろうとする輩の不毛な行いで<文学>が生み出されてしまうような気がしてならない。最近の傾向を見ていると、音楽もやがて<音学>になり<下がる>ような心配をしてならない。もっと僕たちは、いろんなことを真剣に面白がり楽しまなくちゃいけない。
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