漂流乳業
タイトルだけ読むに、あたらしい「ホラー作品」の類いか?と勘繰られそうだけど、そういう意味ではありません。
個人で特定のテーマに絞ったホームページを営むの、って不断の根気が要る作業です。まず好きでないと出来ませんし、3年、5年と経てば自分の生活パターンも変わります。同じ足並みでサイトと向き合い、根気よくコンテンツを見直し更新、拡充してゆくのは至難のワザなのです。
《漂流乳業》はそんななか、巷に残存している配達牛乳のガラスびんとふたを丹念に収集。さらにはその牛乳銘柄を扱っていた業者の来歴や変遷まで調べ、明らかにしてゆく…という実に“民俗考古学ばり”のコレクターズ・サイトです。
牛乳を大工場で紙パック詰めにして保冷車で配送、などという効率的な供給ができなかった昭和中期は、それゆえに全国の各市郡に1社、くらいの割で牛乳処理工場があり、各家庭がそうした『地元の○○乳業』から配達されたびん牛乳に頼っていましたよね。そうした処理工場のほとんどが、食品スーパー(※当時はまだコンビニ出現前)店頭に並びはじめた(大手会社の)紙パック牛乳との価格競争に敗れるカタチで撤退、廃業してゆきました。
ですから、たまたま業者に回収されることなく、家に残った牛乳びん…といっても、まずは見つけにくい。絶対数は日々減り、普通なら廃棄されてゆく。たまたま見つけたとして、数千を数えた銘柄のうちの、たったひとつに過ぎないんです。
これはもう、気の遠くなるような《保存記録活動》です。
当然、同じことは世界の工業国で同時に起きましたから、どこの国にも「牛乳びんの蒐集家」が何人かいます。たとえばイギリスに住むこの人もそうです。ただ、やはり“続かない”のですね。ここ数年はサイト内の更新がありません。滅びゆくモノを集める、ってことは、だから忍耐とスタミナを要するハードワークなのです。
《漂流乳業》さんはたぶん、その多年に渡る収集調査実績において“世界一”なのではないか。わたしはそういう畏敬を持って、ここのコンテンツを眺め覧るのです。
あの《続・ALWAYS 三丁目の夕日》にも、所蔵びんの何本かを貸し出したと、書かれてありますね。何年かのちには、《漂流乳業博物館》が(実際に)建ったってオカシくはない。そんなことを想わせずにはおれません。
- 2008/04/27登録
- 869クリック









