ジコノヘンヨウ
自己の変容
私たちが自分を変えようとするとき、必ず陥るいくつかの〈罠〉があり、それをはっきり自覚しないかぎり根源的な〈自己の変容〉はけっして起こらない、とクリシュナムルティは言う。では、その〈罠〉とはどのようなものなのか? そして自分を変えるために本当に必要なことは何なのか? 身近な生の問題をめぐる徹底的な対話を通して、それらがしだいに明らかにされていく。(出版社/著者からの内容紹介より)
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約10年前にこのクリシュナムルティという人の存在を知りました。
現在この本だけが家にあります。
ことあるごとに気になる項目を読むと言うよりは眺める感じで目を通していました。
意味がハッキリ分からなくても読むたび自分の悩みが小さくなるのを感じました。
それはなにか自分の悩みとどこか繋がっているのにそれを
はるかに大きく広く深く語られているような気がして悩んでいることがつまらなくなる、
または外側から自分を見てああこういうところが未熟だからしんどかったんだと分かる、
そんな感覚でした。
この本はいろんなキーワードについて質問者とクリシュナムルティの会話だけが書かれた本です。
この本はただ真面目な本ではありません。
自分的独断と偏見で言えばこれと似た感覚をロックで表現したのが忌野清志郎、お笑いで表現したのが松本人志だと感じています。
どこまでも人間の<あるがままのもの>を見ているあたりや、その孤高ぶり、言い切る勇気などなど
共通点はいくつか見つかります。あるがままのことを明らかにしてそこから浮き彫りになるもの。
そのことの大切さや重要さを私は彼らを通して垣間見ることがあるのです。
amazonのなか見!検索でも一部見ることができますが、いま興味深いテーマを少し抜粋します。
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恐怖
クリシュナムルティ
(省略)恐怖は内側にあるこの不充足感、貧しさ、空虚さから起こります。ですから今、三つの問題があるのがおわかりですかー敏感さ、依存、恐怖です。この三つのものは相互に関係しあっています。敏感さをとりあげてみましょう。(依存することなく敏感なままでいるということ、繊細な心のままでしかも苦痛がないということがどんなことなのか理解できないかぎり)敏感であればあるほど、あなたはますます依存を深めます。次に依存をとりあげてみましょう。依存が深まれば深まるほど、ますます煩わしさが増してゆき、やがて自由を望むようになります。しかしこの自由への要求は恐怖を強めるだけです。というのも、この要求は反動に過ぎず、依存からの自由を望んでいるわけではないからです。
質問者
あなたは何かに依存していますか。
クリシュナムルティ
もちろん、私は肉体的に食物や衣服や家に依存していますが、心理的・内面的には、神、社会道徳、信念、人々のいずれにも依存していません。しかし、私自身が依存しているかどうかは、今は要点ではありません。続けましょう。恐怖とは内側の空虚さや淋しさや貧しさに気づき、さらにそれをどうすることもできないと気づくことです。依存を生み出し、さらに依存によって再び増幅される、この恐怖に私たちの関心を絞ってみましょう。恐怖を理解すれば、依存も理解できるでしょう。そこで恐怖を理解するためには、それがどのように生じてくるかを発見し、理解する敏感さがなければなりません。そして本当に敏感であれば、自分のなかにある途方もない空虚さードラッグのような低俗な楽しみや、教会の慰めや、社交の娯楽などでは満たされることのない底なしの淵ーを意識するようになります。今までそれを満たしたものはないのです。このことを知ると恐怖は増します。これがあなたを依存に駆り立て、そしてこの依存によって、あなたはますます鈍感になるのです。そしてこれを知ってあなたはまた恐れるのです。ですから今、私たちの問いは、「どのようにしてこの空虚さ、孤独感を超えればいいのか」であって、「どのようにすれば満足できるだろうか」や「どのようにすれば、この永遠に続く空虚さをごまかせるだろうか」ではありません。
質問者
なぜあなたは、それが満足の問題ではないとおっしゃるのですか。
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このような対話がテーマごとに延々続いています。
テーマは他にも、道徳、自殺、組織、愛と性、美と芸術家、信じる、自己表現、個人と社会などなど
人間生活において切っても切れない、または興味深いものが多くあります。
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