クーリエ・ジャポン 2008 ネン 9 ガツゴウ
『COURRiER Japon 2008 年 9 月号 石油が枯渇したら世界はどうなる?』
2005 年に創刊された雑誌『COURRiER Japon』は、フランスの週刊誌 "Courrier International"(クーリエ・アンテルナショナル)と提携し、海外の 1500 メディアのニュースを配信する「国際ニュースの 'セレクト・ショップ'」というのがキャッチ・コピーの月刊誌。情報化の加速に逆行するように情報が単純化・狭小化・偏向化している感じのする昨今の日本のマス・メディアにあって、読み応えのある数少ない雑誌のひとつかな、と思ってます(特にアメリカ偏重じゃないところが個人的には好きです)。
最新号のメインの特集は「石油が枯渇したら世界はどうなる?」で、これはこれで興味がありますが、個人的に引っかかったのは「グーグルで人間はバカになる?」と題されたニコラス・G・カーというアメリカ人ジャーナリストの記事。
'この記事を「長いから読みたくない」と思ったあなたは、もしかしたらすでに「グーグル化」されているのかもー?'
ってリード文に魅かれて(やっぱ、リード文って大事ですね)、でも立ち読みするには長いし、他に興味がある記事があったので買ってみました。
頭と終わりに HAL のハナシを引用している(海外のジャーナリストって『2001 年宇宙の旅』がホント好きだね)この記事の内容は、インターネット / ウェブサイトの普及によって「読む」という行為の性質が変わった、具体的には、長い文章が読めなくなった、というもの。曰く、手っ取り早く成果を得るために要点を拾い読みするような、効率性と即時性を重視する読み方が新たな「読み」の形態になっていて、それは、これまでの「読み」で培われた能力を失わせている、と。「話す」という行為と違い、「読む」という行為は人間の本能的な活動ではなく、その行為の意味を脳に教え込まなきゃいけないわけだけど、その行為の質が変われば、脳には可塑性があるのでその行為に関わるプログラムをあっという間に書き換えちゃうらしく、持っている能力は簡単に失われちゃうらしい。
そう言えわれてみれば、「読む」ことよりも「書く」ことについて、実感できる気がします。特に手書きに関して。驚くほど書けなくなっているので。「読む」ことに関しては、長い文章が読めなくなったということはないけど、コンピュータのモニターは長い文章を読むのに適していないよなぁ、と思うところはある。ウェブサイトに限らず、メールとか、他のソフトのファイルでもそうだと思うので。読めないことはないけど、かなり集中力は要します。
ただ、そこにはデザインの問題もあるかなぁ、なんて思ったりもしてますが。仕事柄。印刷物のデザインは、文字のサイズ・文字間・行間等に(おそらく想像以上に)気を使っている(最近は、ウェブの世界の悪習が逆流したような、ひどいモノも多いけど)のに対して、ウェブ、というか、HTML って言語は、その部分にあまり気を使ってないような気がするので。特に日本語(というか、アルファベット以外の言語)の場合。ウェブ・デザイナーって、その辺に無頓着な人が案外多くてビックリするし。
まぁ、何事にも良い面も悪い面もあるわけで、その特徴をキチンと自覚して使わないと、キケンな落とし穴に気付かないうちに落ちちゃうよ、っていうのは常に頭のどっかに置いておかないと。
個人的には、この記事の中に出てくる「味読」って言葉が引っかかりました。とてもステキな、でも確かに失われつつある感覚。効率性や即時性しか求めないような、そんな味気ない読み方にはない、何とも言えない趣きのある言葉です。
ちなみに、このニコラス・G・カーって人は、いわゆるウェブ 2.0 的なソーシャル・プロダクションに否定的な立場を採っている人物。諸手を挙げて賛同するわけじゃないけど、一理あるなと思ったりもします。こういう視点も忘れちゃダメですね。
※ わざと長めに書いてみました。最後まで読んでくれた人はどれくらいいるのかな?
- 商品名: COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2008年 09月号 [雑誌]
- 価格: ¥600
- 出版社: 講談社
- 発売日: 2008-08-09
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