タナカセイゲン
田中清玄
歴史に触れておもしろいな、と思うのは生き証人の話を聞いたときです。例えば、うちの祖父の話。
7年前の1995年はちょうど戦後50年にあたり、筑紫哲也を始めとするニュースキャスターがしきりに戦後戦後と叫んでいた。当時大学受験浪人中で暇だった僕は、大戦時に兵士としてインドネシアへ駆り出されたという父方の祖父に話を聞きにいった。
僕「戦時中は大変だったでしょ?」
爺「ん?戦争?戦争ねぇ…楽しかったねぇ~」
僕「え?何が??」
爺「上官に連れられてゴルフやったりテニスやったりしてね。あと、水球を子供達に教えたりしてねぇ。」
彼は通信兵だったために前線で戦ったことが一度もなかったのだという。
何て呑気なものなんだ、という驚きと同時に戦争に対する先入観が崩れ去ってしまって拍子抜けした記憶があります。もちろん、これはあくまで一人の人間の体験談であり、語られない部分というのも存在するわけですが。
前置きが長くなりました。
田中清玄。その凄さはフィクサーと呼ばれながらも、山本玄峰、福田恆存、今西錦司、オットー・フォン・ハプスブルク、ハイエク、田岡一雄、といった政財界を越えた面々との親交があったように、その人脈の広さとスケールの大きさが突出しているところです。また、彼は戦前に共産党の書記長までつとめながら、転向の末、熱烈な天皇主義者になったり、戦後、右翼でありながら左翼の全学連に資金を提供して活動を支援したり、石油危機の際に敢えてアメリカの意向に逆らって中東の石油を日本に持ち込むことに成功したり、といった不思議な一面を持っています。
インタビュー形式の自伝(「田中清玄自伝」1993年 文芸春秋)を読みましたが、イデオロギー云々以前に、その本人の口から語られる言葉が生き生きしていて読み物として面白い。
体験談や自伝ですから客観性に欠ける面もあるわけですが、インタビューや口承で伝えられたものというのはリアル感があるし、不思議と脳裏に焼き付いてます。
- 2002/08/13更新
- 2002/08/13登録
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