舟越桂さん
舟越桂さん。美術の教科書で彼の作品を見てから、ぜひ本物を見て見たい。。。そしてできるなら、触ってみたい、あの木の彫刻を触ってみたい。。そう思っていた。
本屋で彼の作品集を見つけた。「The Day Go Ⅰ To THE FOREST 森へ行く日」値段が高かったので、どうしようか迷った。
迷って購入することを決めた。白いカバーの彼の作品がプリントされた本を胸にレジに向かった。
宇都宮に彼の作品がひとつあるのを知った。見に行きたいと思いつつ、機会をつくらないでいた。
そして、この作品展ではじめて彼の作品に出会うことが出来た。
「KATURA FUNAKOSI WORKS:1980-2003」
入り口前のパネルをつくづく眺めた。
入場。
いっこいっこ 眺めていった。
ひとつひとつみてまわったら、2週目突入。
けっこうふしぎなもので、近くで見ていいと思ったものが遠くに離れるとそうでもなかったり
遠くから見て魅力を感じたものが 近づくとそうでもなかったり。ふしぎ。
最後の展示室はグレープフルーツの香りがした。なぜだろう?と思ったら、それは木の香りだった。まだ彫り終わってから時間のたってない作品から香ってくる木の香りだった。
楠の木の香り。
ガラスのケースの中に彼のメモも展示してあった。
不遜だけど、自分の字に、自分の文章の感じによく似ている感じがした。
自分の字に似ている字というのははじめて見たかもしれない。
そういえば今思い出したけど、どういう流れで展示してあるのか、まるで意識しなかったな。
点で見るときと、流れを意識してみるときがあるけど、このときはまるきり点で見ていた。
彼の作品は彼の顔に似ている。誰でも絵を描くときはある程度自分の顔に似てしまうものだけど。
この雰囲気は彼が育った東北の空気も内包しているのだろうか、どこか穏やかで静かな空気感。
そして人を見ているとき、テレビとかでも、「あ、この人、船越さんの彫刻みたい」と思ってしまうときがある。本当は逆なのだけど。彼が実在の人物をモデルにして作品をつくっているのだから。でもそう思ってしまう。
フライヤーからの引用
「その人がこの同じ世界にいるということが私たちのの生きていく支えになるような人がいます。その人は日々の生活の中で毎日のように顔を合わせる人かもしれません。遠く離れて暮らし、ひさしぶりの再会を待ち望む人かもしれません。もしかしたらテレビの画面の中だけで会える人、あるいは私たちの心の中にだけ存在する人かもしれません。私たちはそうしたたくさんの人たちに支えられて毎日を生きています。そして私たち自身も他の誰かを支えながら生きています。」
この作品展につけられたコピーは「混沌を鮮明に語ること」
とてもむずかしい。でもやる意義のあることかもしれない。
でも混沌のままにしておきたい、なぞのままにしておきたかったりもする。
わからない なぜかわからない ということもすてきなこと。
http://www.katsurafunakoshi.com/
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