舞い降りた夢のメダル―NHKスポーツ大陸
陸上 朝原宣治
自らの力を越えた力を発揮できているアスリートの姿は美しい。話以上に映像が、見る者にそれを伝えてくれる。08北京五輪・陸上競技の中で、一番印象に残った男子400mリレーの、その瞬間だ。番組は「舞い降りた夢のメダル」との看板を掲げた。「夢のメダル」は当然だが、「舞い降りた」がニュースを織り交ぜたこの番組の見せ所だというわけ。(13日 午後 11時10分~)
朝原は今年、36歳。陸上短距離のスプリンターとしては、年齢的にはもう限界かもしれない。あるいは、すでに限界を越えているのかも。それは本人にとっても、一番大きな問題であったであろうことは、十分に我々にも理解できる。番組では、こういう――「体が動くのにやめたら後悔する」という夫の背を「ボロボロになるまでいったら」と妻が押した。男子短距離界で最年長のスプリンター・朝原宣治選手と元シンクロ代表でメダリストの妻・史子さんだ。
シンクロの第一人者だった史子さんとの同志社大学1年での出会いから、「背を押す」までの第一部と、今回の北京に入ってから、リレー銅メダルまでのドキュメント部分の第二部という構成。「第一部」については、実はNHKは5月に同じ「スポーツ大陸」で番組にしていた。「燃え尽きるまで走るんだ――陸上100m朝原宣治」。――当時、シンクロの第一人者で、バルセロナ五輪でも銅メダルを獲得した史子さん。一歩先を行く彼女に遅れまいと奮起し、悔しさをバネに陸上に打ち込み、翌年、100mの日本記録を出した。さらに大学卒業後、7年に渡り海外で陸上に打ち込む彼を、史子さんは遠くから励まし続けた。アスリートはとことんやらないと次に進めないことを誰よりも知っていたからだ。そして去年の世界陸上後、引退か否か悩む朝原の背中を押したのも史子さんだった(番宣HP)。まず、そのお浚い。
見せ所は「第2部」だろう。4度目、20年にわたる陸上人生で培った技術をもって、満を持しての北京。だが今回も、100mのファイナリストには手が届かなかった。「理論」があり、「体作り」して、世界のアスリートのトップクラスの力を保ってきた朝原も、「自分の力以上の力が自分を押した」という他のアスリートが感じ得た「境地」を自身が感じられないことが、自身への不満であり、情けのないことだった。100mの結果が出た後のインタビューに、力を出し切った爽快さといったものは微塵も感じられない。番組では、朝原からかかってきた電話の感じに、史子さんが不安をもっていたことを紹介している。「アスリートが力を出し切れず、結果が出せなかったときの嫌な疲労感」が感じられた。6日後に控えた400mリレーに立ち向かえるのか。
映像は100m決勝の夜の宿舎。世界新で優勝したジャマイカのボルト選手ら、ファイナリストたちの走りを400mのリレーメンバーは同じテレビで見ていた。朝原が「こんな選手たちを相手に、君たちこれから大変だな」。ふと口をついた言葉は、すでに自身の闘いを終え、後輩たちをみる評論家的な口ぶりのようにも聞こえたのだろう。他の3人の選手たちも、今回で思い切った競技・結果が出せていなかった。思いなおした朝原の背を後輩たちの声が押す。
チームの状態は決して良くなかった。朝原を含め、調子が万全とはいえない。ムードもドヨンとしている。ところが予選で思わぬ幸運が「舞い降りた」。予選で無条件に決勝へ出られるのは3番手まで、日本チームは良くて4番手、下手をするとそれ以下、と見られていた。が、同じ組の米国、ナイジェリアが目の前でバトンミス、2番手で決勝進出が決まった。
それでもなお、チームの空気が良くなったわけではなかった。むしろ沈痛な感じとでもいうのだろう。それを付き破ったのが、メンバーに言いに云った為末大の言葉だったという。「明日はメダリストになれているかも」。揶揄のようにも、冗談にも聞こえるが朝原らを発奮させるに値する為末が仕込んだ言葉だった。「これが最後のランになる朝原にバトンをつなぐ」。自分自身のためでなく、朝原のため、と。
リレーという競技は、確かに不思議な競技だ。バトンをつないで行く4人のコンディションがすべて巧くいく、という確率は非常に低い、と朝原も振り返っているが、ともかく「バトンをつなぐ」ことの簡単に見えて、実際には難しい動作・作業に、それこそ魂が籠っているのだろう。個人個人の能力の4倍ではなく、それの何倍かの力がでてくるのだろう。予選ではフライングやり直しで、ダメージを気にしながら走った第1走者の塚原、この日は1発でスタートが出来た。そのまま末続にバトンを手渡した。さらに高平。3走。走る隣をジャマイカのボルトが、トリニダード・トバゴのCallenderが走り抜けていく。「走ってください、バトンは渡しますから」と念じていた高平から、朝原にバトンが渡る。まっすぐに前だけを見つめて走る朝原のアップの映像の後ろに高平が「やった、バトンを渡し終えたぞ」というガッツポーズが見える。力を出し切った若者の姿だ。この映像だけでも納得。
そして朝原。朝原の走りは、何度かリピートされたが、そのエンディング。デジタル・ハイビジョンの映像でも、これだけボケ・にじみが出るのか、と思うどアップの走りの表情。「自身を越えた」ものに背中を押されている男の姿があった。これは筆舌に尽くしがたい、映像の力といえよう。
3位が確定して、日の丸を背中に朝原が高平と抱き合う、末続、塚原が一緒に喜ぶ。スタンドで男泣きしている為末の姿が印象的だ。この夏、北京五輪の中でも一番心に残る400mリレーのドラマが映像として結実した。映像の力はすごい。
9月15日(月) 午後 6時00分からBShiで、9月26日(金) 午後 10時00分~総合テレビで。
- 2008/09/14更新
- 2008/09/14登録
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コメント (2)
2008/09/14
島崎丈太 私も昨夜家内と一緒にNHKで観ていて、思わず涙ぐみました。 女子ソフトボールの金と並んで、今回のオリンピックの最も感動的なメダルの一つですね。
2008/09/16
chagale 私は、このリレーの次には、これもリレーでしたが水泳陣、中でも北島の涙でしたかな。どうも個人では力が出し切れない(北島などは例外なのでしょうが)日本の選手陣の中で、チームプレーに勝機を見出した、ということかもしれません。それと、ふと、思い出したのですが、朝原の頑張りのことをテレビで見て、キーを叩いているときには忘れていたのですが、同じ日の午後のNHKラジオ、「かんさい土曜ほっとタイム」に史子さんが出演して、夫に関する話をしていました。母と一緒にカーラジオで聞いていたので、脈略がはっきりしなかったのですが、話は五輪の陸上で、しかもリレーの話をしていましたから……。あの銅メダルで、妻史子さんの仕事も倍増しているようです。結構なことです。(私は小学校に上がる前からのNHKラジオの聴者です)
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