みーつへのみち
「ミーツへの道」江弘毅(本の雑誌連載)
元京阪神エルマガジン社「Meets Regional(ミーツ)」編集長で、現、編集集団140B総監督・取締役編集責任者の江弘毅さんが、「本の雑誌」に連載中である。
「ミーツ」は特別な雑誌である。単なる情報誌ではなく、自分たちの良く知る街のあれこれに、そしてそれを動かす人たちに、愛情を捧げる雑誌である。見方によっては、究極の巨大なミニコミ誌(言葉は矛盾しているが...)なのかもしれない。そのミーツを作り上げてきた江弘毅さんが、ミーツに居た時代を回想しているのだが、自分が読んでいたあの特集の時、それを作っていた人のことを改めて知ることができて感慨深い。
今日現在書店で売られている2008年12月号でのサブタイトルは、「ミナミのママ」である。その一部を引用する。このキーワードのほとんどが引用になってしまうのだが、私の非才をもってしては、これ以外にどのように私が思っているかを伝えることはとても叶わない。
『そこに登場する店は、巨匠シェフのレストランや老舗ホテルのバー、下町の洋食店やお好み焼き屋、場末のスナックからいわゆる新しい「オシャレ系」の店まで、それこそ節操なかったが、書き手にはメディアの取材者としてではなくその店の客や時には仲間としての関係性がベースにあった。』
『誰よりもその店のことをよく知っているし、誰よりもその店のことが好きだ。そういったスタンスでないと「店紹介記事」なんて、書いていてもおもろくもなんともない。』
『実際にはみんながそれぞれの「自分のいい店」のことや「あのときの話」を書いては寄せ集めて特集する際の「代替不可能なおもしろさ」はまさに『ミーツ』編集の醍醐味であった。』
『ミレニアムを迎えようとしていたこの時期、情報誌はレストランやバーといった店やそこでのメニューに照準した特集が怒濤のごとくよく売れた。(中略)『ミーツ』も彼らもそういう「流行軸的な消費のされ方」に共通したある種の嫌悪感を持っていた。』
『「ミナミのママ」と異名を取る日限萬里子さんは、ずばぬけた時代感覚を持つ人だった。(大きく中略)さすがの「ミナミのママ」もこの「店消費時代」にイラついていた。そしてこういう発言の記事は街的に絶大な影響力があった。』
日限萬里子さんはずっと街に命を吹き込んできた人だった。2005年に亡くなった時のことが今号の後半を占める。恐らくあえて淡々と、その前後のことを江さんは書いている。江さんにとってだけでなく、街にとって、人にとって、いろんな意味で大きな出来事であったはずだ。
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『ミーツ』のある、その場所に、そして、その時代に、生きていたことを幸せに思う。
(2010.4.追記)
2010年5月発売分の本の雑誌で連載は最終回を迎えます。そして単行本として本の雑誌社から発売されます。
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