地震イツモノート
自分の住んでいる、この東京に、大地震が来るのは、もう時間の問題である。
長い間溜め込んだエネルギーは、どれほどのものとして爆発するのだろうか。
そのとき、自分はどこにいるのだろうか。
子どもは?家族は?友人は?
「地震は怖い、来ないでほしい、でも来たら自分だけはとにかく生き残りたい・・・(中略)・・・実際の地震被害についての、具体的な防災についての情報からは、怖いので目をそらしがち。」
この本に書いてある一節は、言いえて妙である。
まさに、私の心理は、この通りである。
この本は、阪神・淡路大震災の被災者の方々のご意見をもとに、防災について考えたものである。そのスタンスは、地震をアンラッキー、来てほしくないものと考えるのではなく、生活の一部、イツモのこと、という風に考えて、「イツモ」の防災について考えてみよう、というものである。
「地震が起きた瞬間はなにもできない、と考える。」というのは、わかっているようで、ハッとさせらられることであった。ガスをとめて、ドアをあけて、なんて、できないのである。
そう思って、地震の瞬間、何もしないための防災を考えると、それだけでも、家の中で、あらゆる対策ができることに気づく。
怖いけど、ビクビクするけれど、でも、防災に対してかなり意識が変わった。
この本に書かれている被災者の方のコメントは、とてもリアリティがある。
「とても静かだった。」という章は、胸にズキンと響いた。
「地上は生き地獄だというのに、天上はこうこうと冴え渡る満月だった」
その経験をした人の気持ちを「わかる」とは、とても言えないけれど、でも、その静けさを想像すると、涙が出そうになる。
「連休明けの学校へ行く準備を枕元に整えていた小学生はもう帰ってこない。朝食もそこそこに仕事へ急ぐはずだった人の姿はない。そんな一人ひとりのかけがえのない命を6434人と数え上げてしまうことには耐え難い思いが募る。」と著者は書く。
子どもがうまれ、母となり、以前よりも、生命について見聞きするとき、実感といったらおかしいけれど、心にズシンと来るようになった。命は、その人にとって、1分の1である。
一人でも多くの1分の1の命が、無事であったらなあ、と節に思う今日この頃である。
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